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欧州最新情報「北斎の森羅万象『万物絵本大全図』 世界初公開!ロンドン、パリ、江戸を繋ぐ」 Posted on 2022/01/22 Design Stories  

欧州最新情報「北斎の森羅万象『万物絵本大全図』 世界初公開!ロンドン、パリ、江戸を繋ぐ」

大英博物館で「北斎:万物絵本大全図」展が開催されている。2017年に「大波の彼方へ」展が開催されて以来4年ぶりの北斎展だ。

当時の展覧会の様子はこちらから↓
「大波の彼方へ――世界を魅了する北斎」清水 玲奈https://www.designstoriesinc.com/panorama/reina_shimizu5/

大英博物館はロックダウン真最中の2020年に、北斎晩年の肉筆画103枚を購入した。
そしてそのお披露目でもあるこの展覧会は近年で最も重要な北斎の大発見の一つとして、世界中の北斎ファンがロンドンを訪れるはずだった。が、しかし、コロナ禍で、今月末ひっそりと会期を終えようとしている。

パンデミックに見舞われたロンドンでは大英博物館も閉館や入場制限を余儀なくされたが、来場するのが困難になった人々のために、これまで公開していた作品も含め、450万点のコレクションと190万点の画像をオンラインで誰でも鑑賞できるようなった。
サイト上では拡大機能で作品の細部まで観賞することも可能でき、商用目的でなければダウンロードもできる。
「万物絵本大全図」も103枚がデジタル化され、オンラインで鑑賞可能だ。
作品に関する全情報が公開されているので、ぜひ訪れてみて欲しい↓
https://www.britishmuseum.org/collection/search?keyword=banmotsu

欧州最新情報「北斎の森羅万象『万物絵本大全図』 世界初公開!ロンドン、パリ、江戸を繋ぐ」



この103枚のハガキ大の大きさの版下絵は北斎70歳の頃、1820~40年代に、「万物絵本大全図」という図鑑のために描かれた。
歴史上の人物、神話や宗教画、庶民の生活、動物や神獣、植物や風景、インド、中国、東南アジアなど、江戸時代末期の庶民が興味をもった森羅万象が描かれていて、神業とも言える、繊細かつ躍動感溢れる筆致だ。
どんな筆を使っていたのだろうか・・・、70歳になれば、老眼にもなっていただろう・・・。
江戸時代にはすでに眼鏡が普及していたというので、北斎も晩年には眼鏡をかけて絵を描いたと想像する。

版下絵は本来、版木(桜の木)に写し取られる過程で廃棄される。
何らかの理由で出版が実現されず、103枚の版下絵は版画が彫られる事がなかった。
通常なら、彫り師のノミによって、木屑と消え去っていく運命にあった作品群なのだ。
それらが生き残って、何らかのルートでパリに渡り、長らくの間フランスの個人収集家によって所蔵、保管されていた。2019年に再びパリで現れるまでは・・・。

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萬物繪本大全圖 バンモツ エホン ダイゼンズ
文政十弐歳次己 丑/秋九月之圖 ブンセイジュウニ サイジ ツチノト ウシ アキ クガツ ノ ズ 
葛飾前北斎 カツシカ サキノ ホクサイ
為一老人畫 リツ ロウジンガ

写真左下にフランスの収集家、アンリ・ヴェヴェールの小印
© The Trustees of the British Museum>

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芙蓉 猫 / 花奴・同
© The Trustees of the British Museum

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芙流離王雷死
© The Trustees of the British Museum

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芙流離王雷死
© The Trustees of the British Museum



それでは、大英博物館に辿り着くまでのこの数奇な運命をたどった「万物絵本大全図」を追ってみよう。

2019年にロンドン、日本版画のディーラー、イスラエル・ゴールドマン氏が大英博物館の北斎の専門家であるティム・クラーク氏にこの絵を持ち込んだ。
この版下絵の2枚にフランスのアールヌーボー宝石商で日本美術のコレクター、アンリ・ヴェヴェール(*)の小印が押されていた。
19世紀末、ヴェヴェールは林忠正(*)などの日本美術の画商から版画を大量に購入していたことが分かっている。
1948年4月にパリ、ホテル・ドルオで販売されたのを最後に、北斎の版下絵は姿を消した。
70年後の2019年6月にパリのピアサ(オークション・ハウス)で20,000ユーロ(260万円)の査定で再登場した時、この絵は誤って葛飾為斎(浮世絵師、北斎の門人)のものとされた。
その6倍以上の136,500 ユーロ(1770万円)で取引されたが、それでも破格の値段だった。
ピアサは、出品者についてフランスの個人コレクターであること以上の身元は明かさなかった。
ピアサのサイトを覗くと、2019年6月6日、19ロットの北斎作品が出品されている。おそらく同じコレクターからの出品だろう。
「万物絵本大全図」だけ葛飾為斎として落札された。
ちなみに、「北斎漫画」の落札額は5200ユーロ(6万8千円)。「富嶽百景三編」は195ユーロ(2万5千円)で落札された。

アンリ・ヴェヴェール(1854―1942)は第一次世界大戦中に日本の実業家・松方に8000枚の錦絵を売却した。それが後に東京国立博物館の版画コレクションの基礎となった。

林忠正は1878年のパリ万博に通訳として随行。万博終了後もパリに残り30年間も美術商として活躍。19世紀末、パリのジャポニスムにおいて重要な役割を担った人物である。
オルセー美術館、57号室に林忠正の像がある。
林が取り扱った浮世絵は優れた作品が多く、後になって「林忠正」の小印が捺されている浮世絵は、現在でもその作品の価値を保証するものとされている。

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展覧会会場に使われた北斎自画像
地球カレッジ

大英博物館はイスラエル・ゴールドマン氏から持ち込まれた作品を27万ポンド(約4,248万円)で購入した。
版画と違って肉筆画は1点もの。世界の巨匠、北斎の作品にしては破格の値段だ。
余談になるが、1994年にビル・ゲイツがレオナルド・ダ・ヴィンチの72ページの「The Codex Leicester – ダビンチノート」を3080万ドル (当時28億円) で購入した。
現代アーティストを見ると、2017年に前澤友作氏がバスキアの作品を128億円で落札したのは記憶に新しい。
2021年に英国のストリートアーティストであるバンクシーの半分シュレッダーで破砕された「Love Is In The Bin」作品は2540万ドル(28億円)でオークションで落札されており、2021年米国人アーティストのビープル(Beeple)が制作した非代替性トークン(NFT)作品「Everydays – The First 5000 Days – 毎日:最初の5000日間」が6930万ドル(約75億円)で落札されている。

*NFTとは「Non-Fungible Token」の略。日本語では「非代替性トークン」。
NFTとは、ブロックチェーン技術を用い、デジタル作品を唯一無二の所有可能な資産に作り替えたもの。

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大英博物館とフランスのスタートアップ企業la collectionとの提携で約200種類の北斎作品をNFTで販売

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ピアサのサイトから
北斎の「万物絵本大全図」が誤って「葛飾為斎」として落札された
PIASA(ピアサ)はパリの中心、フォーブル・サントノーレ通りにオークションハウスがある



北斎は人生「100年時代」の先駆者でもあった。いや、人生「110年時代」だ。
江戸後期の人々の寿命の2倍以上も生き、1849年に90歳で亡くなるまで、3万点以上の作品を残した。
改号すること30回、引っ越しすること93回、日々の鍛錬、画法の研究は死ぬ間際まで続いた。
74歳の頃、110歳まで生きようとした北斎のマニュフェストが「富嶽百景」の初編の後書きに記されている。

「6歳の頃から絵を描き始め、70歳以前までに描いた絵は取るに足らないもの。73歳にしてようやく鳥や動物、昆虫や魚の構造がある程度わかるようになった。80歳でさらに成長し、90歳にして奥意を極め、100歳で神妙の域に到達し、百何十歳になれば点一つ、筆一つにも命があるように思えるかもしれない」

100歳まで生きていれば、ペリーの来航、鎖国の終了の頃の庶民を描いていたかもしれない。
83歳、85歳、86歳、そして89歳で長野の小布施まで絵を描くため250kmを4往復した北斎なら、船に乗ってヨーロッパを目指したかもしれない。

*北斎の年齢は、数え年(生まれた年を1歳と数え、その後1月1日を迎えるごとに年をとる)で表示

大英博物館が保有する葛飾北斎の絵をNFTにして販売するという記事をArtNewspaperで読んだ。
ベンチャー企業la collectionとの提携で、約200種類の北斎作品をNFTにしてオンライン上で販売している。
「The Great Wave(大波)」として世界中の人々に愛されている「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」や「万物絵本大全図」の版下絵103点も含まれる。
価格は500ドル(約5万円)から販売され、NFTの市場で今後、再流通されることになれば、そのうち10%が美術館の収入になり、3%が販売サイトの収入になるそうだ。
大英博物館は特別展を除いて入場無料だ。施設の収入源は政府からの助成金と寄付金が主なので、このNFT企画は新たな収入源となるかもしれない。

*1ユーロ=130円 (2022年1月18日現在)

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北斎の娘、お栄(葛飾応為)によって描かれた80歳の北斎の肖像画の模写
1896年に出版されたフランスの作家・美術評論家エドモン・ド・ゴンクールの「北斎」に掲載された
自分流×帝京大学