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パリ最新情報「ジョゼフィン・ベーカーとパンテオン」 Posted on 2021/08/31 Design Stories  

 
知る人ぞ知るジョゼフィン・ベーカー。
1906年にアメリカで生まれ1975年にパリに死す、黒人ミュージシャンでダンサー、そして人種差別反対運動家でありヒューマニストであった彼女の、この秋11月のパンテオン入りが決まった。

パリ最新情報「ジョゼフィン・ベーカーとパンテオン」

パンテオンは、パリ左岸のカルチェラタンにあり、「フーコーの振り子」があることで観光客にも有名だが、実は国に貢献した選ばれし偉人たちが、その功績を未来の人々の心に刻み続けらるよう、丁寧に祀られる霊廟でもある。
新古典主義の壮麗な建物であるこのパンテオンに、ジョゼフィン・ベーカーを祀る、というバカンス明けのニュースは、アフガ二スタンやコロナ等の重いニュースが続く中、フランス人に微笑みをもたらした明るい話題だ。
というもの、パンテオンに現在眠っているのは、お堅い政治家や研究者たちが多いのだが(日本でも有名な人物をあげると、例えば哲学者ヴォルテール、思想家ジャン=ジャック・ルソー、小説家ヴィクトル・ユーゴー、エミール・ゾラ、アレクサンドル・デュマ、物理学者ピエールとマリー・キューリー、政治家アンドレ・マルローetc)、しかしジョゼフィン・ベーカーは、まず第一にパンテオンに珍しい女性であり、黒人であり、そして何と言っても幾つものバナナを腰下に吊るしたベルトで半ヌードで踊るセンセーショナルなダンサーであったという、ここに祀られている人々とは圧倒的に異なった職業を持った偉人だからである。
とはいえピカソやヘミングウエィも圧倒されたという彼女の踊りが、彼女のパンテオン入りを可能にしたのではない。
彼女の戦時中のレジスタンス運動、人種差別反対運動、アメリカ、フランス、日本にも及ぶヒューマンな活動が、そうさせたのだ。



ベーカーは当時「フランスで最も活躍するアメリカ人」だったが、アメリカの黒人差別から逃れるように1937年にフランス市民権を所得。
マーチン・ルーサーキングの良き友でもあったと言われ、人種差別撤廃運動に積極的に参加。
第二次世界大戦時はレジスタンスの貢献し、戦地を巡って兵士たちをその歌と笑顔で力つけた。
世界の様々な大陸、島から人種のことなった孤児を十二人も養子にして育ている。
また50年代には大成功させた来日公演の収入も、戦後の日本の混血孤児養護施設に惜しみなく寄付をした。

パンテオン入りは、死後すぐ決まるのではなく、何十年かして、その人の功績が長きに渡り続いており、伝説としてではなく、実在した歴史にその名をきちんと刻まれるべき人であることが認められ、決定されることが多い。
彼女の生前の行動は、当時のみならず今に至っても人々を感動させ、様々な人種の混ざったフランスという国に影響を与え続けている。
 

パリ最新情報「ジョゼフィン・ベーカーとパンテオン」

 
この選択が、マクロンの次期大統領選の作戦ではないか? という声もあるが、ネット請願書change.orgの「ベーカーをパンテオンへ!」にはたくさんの市民、多くの有名人が著名し、祈願数を楽々と達成しているのだから、どれだけベーカーがフランス市民に愛されているかがわかるだろう。
彼女にとっては死後46年を経ての朗報(?)。
それまで眠っていたモナコの墓地(パーティで黒人差別をされていたのを助けてくれた当時女優だったグレース・ケリーとの友好によりモナコに)から、盛大なセレモニー付きのパンテオンへの引っ越しとなる。
彼女が選ばれたことにより、人種差別はさらに薄らぎゆくことだろう。
未来にも素敵な効果付きの、ベーカーのパンテオン入りである。(ア)
 

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