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パリ最新情報「64歳まで働かせたい政府、58歳で引退したい国民。フランス人理想の老後とは?」 Posted on 2021/07/06 Design Stories  

「いつまで」「どのように」働くか。長い人生を設計する上で、避けては通れない話題の一つではないだろうか。日本と同じように高齢化が進むフランスにおける老後がどのようなものになるか、その未来を正確に予測することは難しい。

今回のコロナ禍は各国に大きな爪痕を残したが、フランスはコロナが流行する直前、2019年の暮れから荒れていた。その原因は、マクロン大統領が現行の複雑な年金制度を一本化し、年金満額受給の開始年齢を64歳に引き上げると公約したことに始まった。

それに反発するRATP(パリ交通公団)及びフランス国鉄SNCFが合計で47日間の「ゼロメトロ」ストライキを敢行したことは記憶に新しい。パリの交通網を大混乱させたこのストライキは、労働組合最強とも言われるフランス国鉄により過去40年間で最長記録を更新したのである。

不便を感じつつも「彼らにも権利がある」とストライキに理解を示すフランス人を目の当たりにし、ここが人権の国であるということを改めて思い知らされた。
その後のコロナショックがあまりに大きかったためこのストライキは今となっては少しずつ風化されつつあるが、2022年の大統領選挙を前にしてフランス政府はこの法案を強行突破する可能性が出ている。



現在、フランスにおける法的な年金受給開始年齢は62歳から。しかしこれは、他のヨーロッパ諸国と比較すると平均で3年も早い。高齢化と経済低迷でフランスにおける年金の赤字は2022年に100億ユーロに上ると予測されており、政府は赤字解消はもとより「より公平でシンプルな」制度への改革を目指し、2025年から新制度を導入する予定だ。これによって国民は64歳まで働くことを余儀なくされる。

しかし「人権の国」のフランス国民がこのまますんなり受け入れるはずがない。仏保険会社のAvivaは7月上旬、実に興味深い調査結果を明らかにした。それは「リタイアとその後に関するフランス人の意識 」について言及したものであった。

パリ最新情報「64歳まで働かせたい政府、58歳で引退したい国民。フランス人理想の老後とは?」



調査結果によると、まずフランス人の大多数がリタイアする理想の年齢は58歳と考えている。2025年からの年金改革について、現行の水準が改善されることはないと考えているのが10人中9人。つまり、フランス人の多くが将来の年金制度に期待を寄せていない。足りないと感じているのだ。となればやはり日本と同様、貯蓄がものを言う。理想のリタイア年齢が58歳ということだが、それにともなって貯蓄準備をスタートする理想的な年齢は39歳、つまりフランス人はリタイアの19年前から準備を始めるのが良いという意識を持っている。

では貯蓄に対する意識の変化はあったのだろうか。コロナ前とコロナ後で貯蓄額が特に変わっていないと答えた人が47%だったのに対し、27%はこのコロナ禍で貯蓄を増やしたそうだ。そして26%は貯蓄を切り崩したとのこと。さらに、貯蓄を増やしたフランス人のうち52%はリタイア後の資金に使うためと答えたという。

また25歳から34歳の間では、理想のリタイア年齢はさらに2年早い56歳という調査結果が出ている。これはコロナ禍で意識の変化が生まれたというよりは、単純に若い世代はリタイアというイベントを「遠い将来」として見ているため、人生後半のセカンドライフに多くの期待を寄せていることが考えられる。



逆に55歳から64歳の間では理想のリタイア年齢が60歳となり、より現実味のある回答となった。そして55歳以上では63%が退職後の生活水準の低下を危惧している。しかし仏保険会社のAvivaは大多数のフランス人が今後の年金制度に対して不安を感じているが、それでも将来に希望を持っていると答えた人は45%にも上る、と付け加えた。

年金改革についての議論が再燃しているフランスだが、自国の未来を憂慮して拠点を国外に移したいと考えるフランス人は少なくない。去る6月29日、LE FIGAROは独自調査で「退職後に生活を送りたい国ー2021年度版」を発表した。

生活費、気候、フランスからの距離や医療体制の充実度など、合計12項目のテーマ別ランキングを調査したものである。対象となる国(都市)は人口100万人以上で少なくとも1000人以上のフランス人退職者が住んでいることが条件に挙げられ、世界で17か国が選出された。日本はアジアで唯一の対象国となった。

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結果、総合一位はスペインだった。スペインに関しては「この国には本当に欠陥がない」とされ、特に生活費と住居費の安さ、温暖な気候、美食、そしてホームシックになる可能性が低いとのこと。文化活動が盛んで隣人との集いも多く、座りっぱなしの生活を避けられることも挙げられた。次いで二位がギリシャ、三位がモロッコである。ギリシャとモロッコでは、税システムが退職者にとってフランス国内より有利であるとLE FIGAROは強調した。

次いで4位はモーリシャス。アフリカにほど近い島国と言えど、充実した医療制度、物価の安さから「天国に一番近い島」モーリシャスがランクインした。ランキングの5位はポルトガルで、イタリア、オランダ、スイス、ポーランドがそれに続いた。
言うまでもなく、退職後の生活を送る上で最も大切な項目は生活費である。それについてLE FIGAROは、ポーランド、モロッコ、モーリシャスの三カ国はフランスの退職者が貯蓄を切り崩すことなく年金のみで生活を送れる国ということが明らかになったとしている。反対に米国、英国、スウェーデン、日本、スイスは最も高価な国であり、これらの国は裕福な人達にのみ門戸が開放されている、とした。日本は17位中16位にランクイン。17位は米国であった。(因みに日本が最も上位に入ったのは美食のカテゴリーで、5位をマークした)

年齢を重ねても働き続ける人が増えれば、国の経済基盤は強くなるというのは明らかだが、フランス政府と国民の間には未だに大きな隔たりがあるようだ。その理想(58歳)と現実(64歳)には6年もの距離がある。黄色いベスト運動、ストライキ、コロナと、一難去ってまた一難のフランスだが、2022年の大統領選挙の前にはもうひと騒動あるような気がしてならない。今後、フランスの年金改革については熱い議論が巻き起こりそうだ。(大)

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