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クリスマス特集「シャガールに会いに行く」 Posted on 2021/12/24 辻 仁成 作家 パリ

この時期になると、なぜかオペラ座(オペラ・ガルニエ)に行きたくなる。オペラを観に行くのだけど、実は別の目的がある。それはシャガールが描いた天井画を拝みたくて…。この20年、もう何度も、足蹴く通っては見上げてきた。何度見上げても、圧巻である。

クリスマス特集「シャガールに会いに行く」



マルク・シャガールという画家は昔の人だと思っていた。実際は最近の人だ。ベラルーシで生まれた国籍の一つはロシア人で、フランス国籍も持っていたようだけど、一族はユダヤ人である。1887年生まれ、1985年に亡くなっている。1985年って、つい最近のことじゃないか。すくなくともぼくはすでにこの世に生まれ出ていた。なんとなくイメージとしては18世紀くらいの人かな、と勝手に思い込んでいたので、恥をかくところだった。いや、すでに、かいているか…。

この天井画は、調べたところ、「夢の花束」という名らしい。5つの色に分かれていて、そこに音楽家とかバレーとかパリの風景が散りばめられている。きっと、この天井画とステージの上で繰り広げられるバレーとが共鳴しあい、劇場全体を空想の伽藍に仕立て上げたかったのであろう。そういう芸術家のイメージが天空から降り注いでくる。シャガールの絵は実際には暗いものが多かったと聞く。彼がこの天井画に込めたものは実際の彼の生い立ちや思想とは少し乖離した、非現実的な、まさに夢の花束のようなものか…。

クリスマス特集「シャガールに会いに行く」

ぼくはこの日も、この劇場で何が上演されたのか、あまり記憶に残ってはいない。実はずっと天井を見上げていた。もちろん、音楽や人々の息吹や空間の広がりは感じていたけれど、むしろ主役はずっと天井であった。それはもっとも心地よい舞台鑑賞の仕方じゃないか、と思う。いつも、こうなってしまうので、ステージの上の人たちには少し申し訳なく思う。でも、そのすべてを通して、それがシャガールの一つの作風として完結されているのだから、これほどに贅沢な鑑賞はないかもしれない。

クリスマス特集「シャガールに会いに行く」



オペラ座を出ると、通り雨の後の路面が輝き、オペラ座全体に反射し静かに輝かせていた。ぼくは人々をかき分けて、サンタンヌ通りにある馴染みの歴史的バーへと向かった。そこで、ワインでも舐めながら、もう一度あの天井画を思い返そう。パリにお越しの際は、ぜひ一度、オペラ座で天井を見上げてもらいたい。ため息が出た直後、舞台「夢の花束」は開幕となる。

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