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息子のための料理教室「フランス風鴨の胡桃ダレ蕎麦」 Posted on 2020/11/18 辻 仁成 作家 パリ

ぼくの父さんは君にはとっても優しいお爺ちゃんだったけれど、ぼくとぼくの弟の恒久おじさんにはとっても厳しい人だった。
仕事好きなモウレツ社員で日本のために働くのが好きな男だった。
口答えするとよく叩かれた。だから逃げ回っていたよ。でも、父さんはご馳走を作る名人だった。
とくに父さんの鴨料理は本当に美味しかった。
鶏肉は普通に買えるけど、鴨肉は鶏肉専門店に行かないと買えない高級品だった。
北京ダックとか鴨のローストとか、日本で鴨と言えば贅沢食材の代表なんだよ。



こっちだと鶏肉よりちょっと高いかな、という感じでその辺のスーパーで普通に売ってるじゃん?
でも、日本は鳥獣保護法があって、狩猟対象なんだ。脂ののったマガモなどは、日本でも昔から食べられてはいたけど、11月から3月くらいになると猟師さんが捕まえに行く。
ぼくの父さん、ジビエ料理が好きでね。
この鴨肉の料理に関しては父親の味だった。
だから、パパも君に真っ先に教えなきゃ、と思った。鴨を料理出来るようになると、大切なお客さんが来た時に、へ~、こりゃあ、ごちそうだぁ、となるからね。
父親の仕事だよ。

鴨の胸肉って柔らかいけど、歯ごたえがあって、しかも、脂肪が甘いのが特徴だ。
普通の鶏肉にはここまでのジューシー感は出ない。
日本だと脂と赤身のバランスのいい「岩手鴨」が好きだな。
京鴨とか河内鴨など有名な鴨が日本にも存在するけど、日本人にも人気があるのがフランスのシャラン地方で飼育されるシャラン鴨だ。
ジューシー感とコクのある味で最高の品質とされている。今日はこのシャランの鴨を使うよ。



渡仏した18年前、パパは日本の味に飢えていた。
で、蕎麦好きだから日本から乾麺の蕎麦を大量に持ってきて、よく作っていたのが冷たい胡桃ダレ蕎麦なんだけど、ある時、シャラン鴨のローストとこの日本の胡桃ダレ蕎麦を合わせたら、美味いんじゃないか、と思ってやってみたら、いやはや、これが本当にびっくりするくらい美味かった。
ちょっと生クリームを使うことでリッチ感が出る。
日本を懐かしんで作っているうちに日仏混合の美味しいヌーベル鴨料理が出来た。
ちょっと行程が面倒くさいけど、でも、もうすぐクリスマスだし、12月にこそ食べてほしい一品だから、やってみよう。

まず、胡桃をフライパンで炒るよ。
こうやると香ばしさが増すんだよ。白ごまも炒るけど、一緒にやるとゴマが先に焦げるので別々で炒るように。胡桃ダレの材料を全部ミキサーにかけて予めタレを作っておこう。
めんつゆ、生クリーム、白みそを使うのが超コツだからね。コク、風味が格段に出る。
生クリームと白みその相性もいい。まさにこの辺が日仏混合の真骨頂と言える。



鴨の胸肉ははみ出した両端の脂部分をまず包丁でこんな風に切り落とす。
赤身側の血や薄皮も処理する。血の塊とかは包丁の先で、ちょんちょんと刺して、とっちゃう。
薄皮も包丁をいれて、そぎ落とす。
こういう下処理を丁寧にやることがご馳走を作る大事なコツだ。
君にはちょっと難しい、背伸びをした料理かもしれないが、大人の味を覚えていくことも大事だ。
もうすぐ大学生になるんだから、ハンバーガー以外の美味しいものも食べていけ。
いい舌を持つと人生がもっと楽しくなるよ。

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息子のための料理教室「フランス風鴨の胡桃ダレ蕎麦」



こんな風に、鴨の胸肉は赤身の肉側と反対側に脂部分が二面くっきりと分かれる。
まずだな、脂の部分に格子状に包丁でカットを入れるんだ。肉が縮こまらない。
で、熱したフライパンに脂部分を下にして、ニンニクを添え、中火で焼いていく。
脂が出てきたら火力を弱火にしよう。
ほら、凄い、香ばしい匂いだ。
放置でいい。
脂が出来るまでジュ-ジュー焼いていけ。
男の料理、豪快にやるのが一番だ。
脂面が香ばしく焼けたら、だいたい十分くらいかな、そしたら裏返し赤身側にもサっと焼き色をつけろ。サっとでいい。全体に火が回ったな、と思うところまででいいよ。

おっと、言い忘れていた。さっき、パパが料理を始める前にやったの、見てた? 
「え? なに?」
「オーブンのスイッチ、料理始める前に入れただろ? 予熱しておいた。180度で」
「なんで?」
「オーブンを使う料理をする時の基本中の基本だ、よく覚えとけ。いきなり走ったら本領発揮出来ないけど、準備運動をしておくと速度出せるじゃん。あれと一緒。オーブンはレンジとは違い、すぐに温まらないから予熱という作業が大事になる」



よし、じゃあ、オーブン皿にクッキングシートをひいて、鴨肉(脂側が上だよ)とニンニクをぶちこめ。
あらかじめ温めていたオーブンに入れて約十分、じっくりと火を入れる。
取り出した鴨肉とニンニクはアルミホイルで包んで十分くらい一緒に休ませる。
休ませることで、肉の中に旨味が浸透していく。フライパンに残った鴨の脂にめんつゆを混ぜて、ゆであがった蕎麦と合え、カットした鴨肉を並べ上から胡桃ダレソースをかけ、横にニンニクを添えたら完成だよ。
見てみろ、めっちゃ男の料理だろ? 日仏合作フランス風鴨の胡桃ダレ蕎麦の完成だ。さあ、喰うか! 

息子のための料理教室「フランス風鴨の胡桃ダレ蕎麦」

息子のための料理教室「フランス風鴨の胡桃ダレ蕎麦」

材料、4人分。鴨胸肉(マグレ・ドゥ・カナール)2枚、ニンニク大8個、蕎麦400g、胡桃ダレ(胡桃100g、白ごま大匙1、めんつゆ100cc、水100cc、砂糖大匙1、白みそ大匙1、生クリーム大匙1、お好みで塩胡椒少々) 

追記。完成写真にふりかかっている実は、蕎麦の実です。これもフライパンで炒ってふりかけてください。美味しいですよ。
あと、鴨肉を焼いた後に出た脂で小さなジャガイモを揚げ焼きすると鴨の香ばしい香りが移って、絶品ポテトフライが出来ます!!! ボナペティ!

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