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滞仏日記「クリスマスツリーにオーナメントを飾る」 Posted on 2020/12/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、月に一度の「家事やりたくない病」に見舞われた父ちゃん。
息子に昼めしを食べさせ、再び学校へと送りだした後も、不調で、寝込んでいた。
すると、夕方、ニコラ君とマノンちゃんのお母さんからメッセージが入った。
「ニコラが、今日、約束をしたって言ってます」
あ、金曜日、そうだ、今日だった。ニコラとマノンにクリスマスツリーの飾りつけをお願いしておいたのだ。
でも、ぼくは不調だし、人に会いたくない。
ぼくはお母さんに電話をかけた、最初は断るつもりで。
「実は、ぼく、ちょっと鬱っぽいんです。家事に疲れると定期的にこうなっちゃうんですよ。笑顔を向ける自信がないのだけど…」
「わかります。雨ですし、鬱になりますね。私もずっと心の不調が続いてる。離婚して、自立するために前の仕事に戻って、でも、コロナで、先が見えなくて」
ニコラのご両親は、前の日記で書いた通り、コロナ離婚をした。
コロナが直接のきっかけではないけれど、結果的に、コロナが引き金を引いた格好だ。
もちろん、詳しくは聞いてないし、どっちの肩を持つつもりもない。
どっちかというと、子供たちの味方である。
「そんなに楽しみにしていましたか?」
「ニコラもですけど、マノンはクリスマスツリーの飾りつけが大好きなんです。今年は別居したので、ツリーがどっちの家にもないんですよ」
あちゃー、墓穴を掘った。
そういうことを聞いちゃうと辻ちゃんマンはじっとしてられなくなる。
「大丈夫です。ちょっと元気になってきました。ぜひ、お越しください」

滞仏日記「クリスマスツリーにオーナメントを飾る」



ということで、17時過ぎに、マスクをして、3人はやって来た。
3人は日本式を知っているので、玄関で靴を脱いだ。
でも、お母さんの指示でニコラもマノンもマスクを外さなかった。
子供は大丈夫ですよ、と言ったが、3人はマスクを外さなかった。えらい。
ぼくは彼らが来る前に、クリスマスの飾りの入ったIKEAの袋を地下室まで取りに行っておいた。
息子が生まれた直後から少しずつ集めたオーナメントとか飾りが入っている。結構なボリュームだ。
ニコラとマノンはクリスマスツリーを見つけると、目を輝かせて、やったー、と叫び声をあげた。
ぼくが並べて置いたオーナメントやツリー用の電飾を掴んで、いきなり取り付けをはじめた。
「ダメ、そこじゃない」
マノンが細かい指示をニコラに出していた。
「違うよ、そっちに付けて」
微笑ましい光景だった。ぼくの横に立つお母さんも微笑んでいた。
「クリスマス。ほんとに、実家に行かなくていいの?」
「今年はコロナだから、やめようということになって。うちの母と彼のお父さんが持病を持ってるんです。だから、…」
「なるほど、じゃあ、24日のイブでいいのかな?」
「はい、私たちはいいんでけど、ムッシュはいいんですか?」
「もちろん、ぼくはどうせ息子と二人だから、ウエルカム。ロックダウンも解除されるし、24日は夜間外出禁止令も適用外ですから、その日がいいね。ニコラのパパも来れますか?」
「それが、まだわからないです。その、私も彼もまだ傷が深くて、4人で一緒に過ごすのに抵抗があって。でも、どっちかは必ず来るようにします」
「そんな寂しいこと言わないでよ。6人だから、気が楽でしょ? みんなで会いましょうよ」
「ええ…」

滞仏日記「クリスマスツリーにオーナメントを飾る」



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「ニコラとマノンは喜ぶんじゃないの?」
お母さんは、俯いてしまった。どうも、彼女の方がアレルギーを持っているような気がする。これは、マノン情報…。
「コロナのおかげで別れることが出来たって、思ってます。こういう状況にならなければ、きっと一緒に暮らしていたでしょう」
ぼくは肩を竦めた。ちょっとびっくりした意見だったので…。
「踏ん切りがついたというか、これからは新しい人生を探さなきゃって思ってます」
「そうなんだ」
「ええ、彼はもう新しい恋人がいるみたいだし」
「マジ?」
ぼくは声を潜めて言った。
「よくは知りませんが、マノンの情報です」
「やっぱり」
ぼくは微笑んだ。
しかし、これ以上、他人の元夫婦関係について意見を言うのは控えよう、と思った。

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「わあ、ずいぶんと出来てきたね」
ニコラは途中でやめてソファに上り、ゲームをやり始めていた。残りはマノンが一人でやっている。さすが、女の子だ、センスがいい。
「ムッシュ~、このマリア様はどこに? 」
マノンがマリアの人形を掴んで言った。
マリアの人形は、ジョゼフの人形や、東方三博士らの人形と一緒に箱に入っている。
これは馬小屋で生まれたキリストの誕生を再現するクレッシュ(本来、馬小屋という意味)と呼ばれている焼き物セット。
マリアとジョゼフは馬小屋らしき場所にいて、二人の間にはキリストが置かれる小さな藁のベッドがある。
24日まで、つまり生誕の日まで、赤ん坊のキリストは不在なのだ。
キリストの誕生時にやって来て、拝んだとされる東方三博士(三賢者)の人形は、24日まで少し離れたところに配置し、少しずつ、移動させないとならない、らしい。

滞仏日記「クリスマスツリーにオーナメントを飾る」



フランスの子供たちはみんな知ってる。
ぼくもうちの子が幼い頃は毎年やっていた。
今はぼくが、フランスを体現するために、毎年、孤独に設置したり、移動させたりしている。
「マノン、ちょっと待って」
ぼくは骨董市で見つけた分厚い額縁型のケースを持ってきて机の上に置いた。
正面のガラスを開けると、小さな舞台が出現する仕組みだ。本来は宝石箱などに使うものだったのかもしれない。
「ここを馬小屋にしよう。マリアとジョゼフを置いて、二人の間に藁のベッドを」
「ウイ」
嬉しそうにマノンが手伝った。
「東方の三博士は?」
「どこか、好きな場所に」
「じゃあ、この本棚かな」
そう言うと、こっちで出版された自著が並ぶ本棚に、三博士を並べた。
「ちょっと離した方がいい。ばらばらでやって来るんだよ」
「あ、そうだった」
マノンが博士たちを移動させていると、ニコラがやって来て、ぼくもやりたい、と言いだした。
ちょっと奪い合いになった。いつものことで、これがだいたい喧嘩の元になる。
でも、まぁ、今日はなんとか無難に仲良くやって、馬小屋もまもなく完成した。
細かい飾りつけはゆっくりやっていけばいい。
「楽しかったかい?」
「ウイー、ムッシュ」
「ウイー、ムッシュ~」
「じゃあ、イブに待ってるよ。サンタさんにも招待状を送っておくからね」
辻ちゃんマンは2人にウインクをした。

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