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滞仏日記「小さな幸せ対大きな不幸」 Posted on 2021/01/10 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、目覚まし時計が朝の5時に鳴った。
眠かったけれど、頑張ってベッドから這い出し、髪の毛をとかし、服を着替え、息子にサンドイッチを作って「お腹すいたら喰え」と置手紙を残し、6時ちょうどに家を出た。
今、パリは夜間外出禁止令下だから夜の20時から朝の6時まで外出できない。
ずっと、頭の中にあるのは息子の成績が下がった件だ。そのせいで、気力が出ない。
まぁ、結局、本人が自力でやるからと言い張るなら、ほっとくしかない。
親が導くのにも限界があるし、どう生きるかは自分で決めるしかないのだから、親の理想だけが高くてもしょうがない、ということである。

滞仏日記「小さな幸せ対大きな不幸」



ところで、幸せと不幸というのは表裏一体のようなものだ。
若い頃のぼくは野心家だった。自分の才能とか能力を過信していたし、なんでもできると思っていた。
今も、もちろん、それなりの夢はあるが、夢よりも大事なものもあるかな、と思うようになってきたし、目指すもの、目指すこと自体が変化してきた。
特にこの十年、ぼくは小さな幸せを追いかけるようになった。
野心を抱き過ぎると人間は欲が出てその欲に操られ結局「大幸」を目指すようになる。それは悪いことじゃない。でも、大きな幸せなんて宝くじを当てるようなものだ。
実現できない時、人間は「ままならない」現実にぶちあたり、ふてくされる。
大きすぎる成功を求めたがために大きな不幸がやって来ることもある。振り返ると、若い頃のぼくは小さな幸せを軽視していた。今は、どうだろう。

滞仏日記「小さな幸せ対大きな不幸」



息子と二人で生きて行かなければならなくなった時、或いは、ぼくは目が覚めた。
父親と母親の役割をしないとならない環境に置かれたとき、正直な話し、ぼくは不公平だと思った。
諦めきれない夢がたくさんあった。しかし、それを遂行できない環境。つまり子育ての日々に置かれたのだ。
同時に、目が覚めた瞬間でもあった。
その時、抱えていたいくつかの目前の夢をぼくは捨てざるを得なかった。
でも、結果、それらの現実は、ぼくを変える大きなきっかけになった。
「もういい加減、無謀な夢を追いかけるのをやめろ」ともう一人のぼくがもう一人のぼくに言ったのだ。
いっぺんに分かったわけじゃない。働き盛りだったし、やりたい創作はたくさんあったけど、物凄く悩んで、ぼくは子育てを優先するようになる。
そして、お弁当を作りはじめた。まるで料理人のように。

地球カレッジ

誰かが映画祭でグランプリを獲った、とか、大きなコンサートが成功したというニュースが聞こえてくる度、ぼくは携帯を消していた。
自分にはそんな時間はない、と腐った日々もあった。
でも、よく覚えていることがある。
息子を小学校まで迎えに行く道すがら、誰かが耳元で囁いたのだ。
「小さな幸せを見つめて生きなさい」
不思議なことに、その日から、ぼくは欲しいものがなくなった。そして、息子が校門の向こうから出てくるあの夕刻の時間を「幸せ」と呼ぶようになった。
息子の頭をごしごしと擦ってやり、一緒に歩いて家路につく日々を大切に生きるようになったのである。



今日ぼくは、前田真というシェフとカメラの前に、朝の8時に立った。
日記で何度か彼については書いてきたので、読者の皆さんはこの朴訥で、言葉の足りない、背の高い、どこかいつもぼんやりしている男のイメージは掴んで頂いているかもしれない。見た感じは「絶対喧嘩だけはしたくないほどゴツイ男」なのだが、実際は、ソフトな優しい人間である。
彼は普段無口でほとんど喋らないし、奥さんの佳代さんは当初、夫の講師は無謀です、と反対だった。(途中から一番応援してくれたのだけど。ぼくは無名な彼にこそ講師をやってもらいたかったのだ)
なので、明らかに本番前、彼は緊張していたし、彼は何よりも一生懸命だった。
コロナで大変なパリで自分の店を開けられずに頑張っている男で、小さな子たちのお父さんで、元気な嫁さんには頭のあがらない純朴な料理人だった。
しかし、ぼくは配信中、実は、こっそりと三回泣いたのである。

滞仏日記「小さな幸せ対大きな不幸」



まず、最初は「なんで料理人を目指したの?」とぼくが質問をした直後のこと。
「あの、実は、父親も料理人で、父が包丁を持って生きている姿をずっと見ていて、尊敬していたので、気がつくと、自分も父みたいになりたくて」
とさらっと言ってのけた瞬間だった。まともに喋れない男が父のことだけはきちんと伝えられたのだ。
それから、「美味しい料理を作るコツはなに?」と訊いた直後のことだ。
「とあるシェフの下で働いていた時、料理を作るときは自分の母親に食べさせたいと思う気持ちで料理を毎回作れ、と教えられ、ずっとそう思って、母に食べさせたいと思って、作っています。だから、ぼくは自分の元で働いてくれる若い子たちにも同じことを言い続けているんです」
そして、三つ目は「ほら打ち合わせの時に、次々に常連さんがやって来て、みんな口を揃えるように、再開を待ってるよって言ってくじゃない、すごいよね」と言った直後の彼の静かな回答だった。
「いえ、あれはぼくの嫁が出来ていて、みんなに愛されているから、ああやって人が集まってくれるんです。ぼくなんて何もできていません」
この三つの答えはぼくを感動させるに十分だった。



前田真には「欲張らない、今を生きる料理人の姿」がちゃんとあった。
毎日をちゃんと生きていこうとする何かがあった。
いや、実はこれは、彼だけじゃなく、世界中のそこかしこ、あちこちで生きる、大勢の人たちの中にある光りと同じなのだ、とぼくは思った。
みんなが持っている人間としての誇りであり、人間らしさであり、生きる意味なんだ、とぼくはその配信中に気がつき、実はこっそりと目頭を緩めていたのである。
ああ、何が言いたいかと言えば、コロナで大変な時代だけど、自分の世界を大事に生きてほしい、ということであり、自分の足元を大切に守ってほしい、ということなのだ。
コロナのせいで明日にも店がつぶれるかもしれないというこんな大変な時にさえ、父や母や嫁のことをこうやってちゃんと言葉に出来る、この人は素敵だな、と思ったのだ。
その素晴らしさが料理にちゃんと出ていた。
今日は、大した日ではなかったけれど、小さな幸せを味わった一日であった。

滞仏日記「小さな幸せ対大きな不幸」

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