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滞仏日記「コロナ禍でDVが深刻化するパリ、父ちゃんの周りでも」 Posted on 2021/02/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、コロナ禍で、パリが変わった。仕事がうまくいかない人が増え、何か空気が淀んでいる、…。
ぼくが知っているあの美しいパリではない。
今、住んでいるぼくの借り住まいのアパルトマンのちょうど、ぼくの寝室の真上が屋根裏部屋で、そこは狭いから、普通は、学生とが住んでいるのだけど、どうも、推測するに、寝室の上の部屋には、若い夫婦と小学生くらいの子供2人の4人家族が住んでいる。
多分、8畳間くらいの広さじゃないか、と思うのだけど、ロックダウンなどの封じこめで部屋から出られずだと、家族四人の同居はきついし、感染も怖い。
というのも、最近、お母さんの怒鳴り声が酷いのである。子供が大声を張り上げる時もある。でも、次の瞬間にはお父さんの高笑いが聞こえたり、或いは、シーンと静まり返ったり、ちょっと何が起こっているのか、状況が分からない。
で、昨夜、4時くらいに、眠れないから、小さなベランダに出て、空を見上げていたら、突然、またしても、叫び声が聞こえてきた。
尋常じゃない叫び声だった。警察に電話をしようか、悩んでいるうちに、静かになった。

滞仏日記「コロナ禍でDVが深刻化するパリ、父ちゃんの周りでも」



そして、今日、昼食の準備をしていると、ドアベルの音がした。
出ると、警察官だった。ぎょえ!
「実は、上の階の家族のことで昨日、通報がありました。こちらがちょうど真下だから、思い当たることがないか、と思いまして」
思い当たることだらけだったので、ここにうちが住んでから、時々、上が騒がしいこと、お母さんのヒステリックな声、子供たちの泣き叫ぶ、お父さんの高笑い声が聞こえてくる、と伝えた。
「DVですか?」
「そうです」
「どうなるんですか?」
「とりあえず、お父さんを子供たちから引き離すことになるでしょう。家族に近づけないようにします」

滞仏日記「コロナ禍でDVが深刻化するパリ、父ちゃんの周りでも」



昼食を食べに戻ってきた息子に、そのことを話した。
やっぱり、と息子は嘆息をこぼした。何かあったらパパに言うように、すぐに警察に言わないとならないから、…。
ぼくらはいつものように並んで食事をした。
「今日ね、学校に弁護士さんが来たんだ」
「なんで?」
「一年生の家でやっぱり家庭内暴力が続いていたようで、警察が父親を同じように引き離したんだよ。その子はいろいろとあったから、学校をやめることになった。で、弁護士さんが全校生徒の前で、家で虐待を受けていないか、暴力を受けていないか、仲間たちともめていないか、聞き取りのようなことをやったんだ。ほら、ユリーの事件があったばかりだし」
ユリーは敵対する学校の子ら7人の待ち伏せを受け、15区の人気のない場所で襲撃され重体になった。子供たちのあいだに大きな衝撃が走った、ここ最近の大ニュース。
「弁護士さんは、こう言った。7人がかりで1人を鉄パイプや金づちで襲うのは未成年であろうと完全な殺人行為だからね。いいかい、13歳以上は警察に逮捕される。法律で裁かれる。だから、そういう暴力を目撃したら、学校や警察に通報するようにって、…」

滞仏日記「コロナ禍でDVが深刻化するパリ、父ちゃんの周りでも」



長引くコロナが余計な暴力の炎に油を注いでいるのは事実のようだ。
精神科に通う子供たち、学生も増えている。
うちに時々やって来るニコラ君のお姉ちゃん、マノンちゃんは毎週、プシコローグ(心療内科)に通っている。親の離婚、友だちの死などによって、心に傷を抱えているのだ。
フランスでは、心療内科に通う子がものすごく多い。最初のロックダウン以降、通院する子供たちが驚くほどに増えたという。
マノンちゃんは、両親が離婚をし、やはり、心に傷をおってしまったようだ。
一度、本人から電話で、相談を受けたこともある。
ぼくの仏語力では理解してあげられなかったが、親に言えない問題を子供たちはいっぱい抱えているのがよくわかった。
周囲にいる大人が逃げ場所になるしかない、…。



パリは格差が大きい。仕事もなく、食べるものもない家庭が増えている。
そういうところにコロナ不景気の波が押し寄せ、一番弱い子どもたちが犠牲になっていく。先日も仕事場の前にある食料品店で酒におぼれた父親が母親を殴り出した。
大きな声が聞こえたので、窓から外をみるとそこは修羅場になっていた。
すぐ近くでバーを経営するぼくの仲間のYさんが駆けつけ、この父親を子供たちから引き離した。
後日談としては、仕事がうまくいかず酒癖の悪い父親が苛立って母親を殴っていたとのこと。日常茶飯事だったらしい。
でも、Yさんらが間に入り、表沙汰の事件にはならなかった。それはつまり、奥さんが訴えず、我慢をしているということの裏返しでもある。
Yさんにメッセージを送った。上から見ていたよ、と。
「うん、あの人も実際、悪い人じゃないんですけどね、タクシーは今、仕事がないから、心の弱い人はお酒に走って、さらに弱い家族に当たるんですよ。あの奥さんから、助けて、と連絡があったからすぐ飛んで行ったけど、夜だったら、どうしようもなかった。そういう見えないところの暴力が怖いですね」

滞仏日記「コロナ禍でDVが深刻化するパリ、父ちゃんの周りでも」

※ 一応、問題化した時のために動画とっておいた。逃げ回る子供たちとお母さん、…。お父さんはYさんが必死で抑えている。



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