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滞仏日記「息子から、ぼくを信じてよ、とメッセージが入って、心が痛い父ちゃん」 Posted on 2021/04/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリを数日離れるあいだの息子の行動を心配していたことについては、おとといの日記で書いた通り・・・。
しかし、それを薄々感じとった息子から、
「ぼくを疑ってない?」
とメッセージが入った。
げっ。
昨日の朝、
「誰も家に呼ぶなよ。電話するからな。感染に気をつけろよ」
とSMSを送ったら、返事がなかったので、無視か、と勝手にかっちーん、していたら、昨夜、寝る直前に、めっちゃ長いメッセージが携帯に入り、ひっくり返った。
要約すると、ぼくを信じてよ、寂しいじゃないか、という内容だった。全文、日本語で、さすがにここには掲載できないが、フランス生まれとは思えないほど、漢字もたくさん使われていたし、ぼくが同じ長文のフランス語を書くとなれば小一時間はかかるな、と思う力作であった。
仏語の場合、適当に読まれると思ったのか、日本語でしっかりと文句を言ってきた、という次第である。
「信じるから、ごめんなさい」
と返事をした。
NHKのドキュメンタリーにも出てほしい、とお願いしていたのだけど、申し訳ないけど、やっぱり日本のテレビには出たくないんだ、尊重してよ、ということだったので、
「わかった。NHKの件は気にするな」
と返しておいた。
その後、音信はない。

滞仏日記「息子から、ぼくを信じてよ、とメッセージが入って、心が痛い父ちゃん」



で、今日は一日、落ち込んで過ごすことになった。
息子を信じないわけじゃない。親というのは難しい立場である。
ぼくは彼が望むことをほぼ許可してきた。でも、正直、息子がどういう仲間たちと付き合っているのか、見当もつかない、それは心配なのだ。
息子が最近、仲良くしているのはヒップホップ系の音楽仲間で、息子曰く「全員もの凄く音楽バカで超真面目」ということだけど、もちろん、信じているし、絶対、いい連中なのだろうとは思う。
でも、結構、年長の成人たちも中にはいるので、しかも、会ったことがないから、彼が成人するまではやはり、親として、うるさい、と言われても野放しにできない部分もある。
自分がミュージシャンなのに、変な話しだけど、フランスの音楽シーンも未成年に対してどこまで問題がないか、わからない。
逆にミュージシャンだからこそ、見えてくる悪い部分もある。
たまにクラブなどに行くといい連中ばかりだけど、たとえばマリファナも、隣国では合法化されており、日本のような厳しさはなく、正直、ぼくはゆるいと思う。



来年、成人なので、18歳を過ぎたら、フランスでは大人になるから、そこからは自己責任で生きてもらうしかないけど、今は、嫌われても、ある程度、導いてやらないとならない。ぼくは彼が望む、弁護士になってもらいたいけど、こういうのは親のエゴだろうか? 自分は好き勝手生きてきたくせに、と言われるだろうか?
ぼくのそういう性格を息子は知り尽くしたうえでの、今回のメッセージで、ぼくもちょっと厳しくし過ぎたのかな、と反省をした。
もう少し、ほっといてやらないとならない。



「どうしたんですか?」
ジェロームが浮かない顔をしているぼくに、言った。
水漏れは直ったのだけど、水道が出なくなった。ジェロームはいいやつなんだけど、彼が何かやると必ず別の問題が浮上する。それを彼の部下たちが彼にかわって、修理をする。
「ジェロはいいやつなんですけどね」
とその中の一人がぼくにウインクをした。

滞仏日記「息子から、ぼくを信じてよ、とメッセージが入って、心が痛い父ちゃん」



実はもう工事は終わっているのだけど、ジェロームが余計なことをやったがために、せっかく綺麗に塗られていた壁が剥がれたり、水道が出なくなったり、トイレの換気口が外れて、その修理にふたたび部下たちがやってきて、最後の最後で、また工事をやりだしたのだった。
「いや、息子から、おこられたんだ」
これまでのいきさつをジェロジェロに話したら、
「そりゃあ、ちょっとほっといてやりましょうよ。自分の17歳を思い出してください。親にとやかく言われるのが嫌でしょうがなかったでしょ?」
「まぁね」
「でも、ムッシュ、彼もいつかお父さんの気持ちがわかる。ぼくもおやじが死んだあと、親のありがたみを思って泣きました」
「ジェロ。あのな、俺はまだ生きてるんだよ」
「あ、もちろんです。でも、将来の話しですよ。息子さんが家族を作って、自分の子供の件で、同じような悩みが必ず出ます。その時に、はじめてムッシュの気持ちを理解するんですよ。今は、何をしても、何を言ってもわからないでしょう」
「まぁね」
それはぼくにもよくわかる。



ぼくは自分の父親があまり好きじゃなかった。でも、不思議なことに、最近、父さんのことをよく思い出す。そして、ああ、こういうことだったのか、と思うことがある。人間、順番なんだな、と思う。
「ジェロ、ぼくの父親は日本の南の出身で、かなり体育会系な怖い人だった。ぼくは父さんに好かれたかったから懐こうとしたんだけど、認めてもらえなかった。一度、ひとなり、お前は親を友達だと思ってるのかって、叱られたことがあった。それは相当にショックだった。ぼくはね、物心ついた以降、父親に遊んでもらった記憶がないんだ。一度だけ、自転車の乗り方を教えてもらったことがあったけど、散々だった。それだけ・・・。だから、つい、自分の息子にいろいろとちょっかい出したくなるんだと思う」
「それはいい話しじゃないですか、でも、今は時代も違う。コロナ禍だし、彼もそろそろ羽ばたかせてやるのがいいでしょう。17歳は微妙な年ごろです。今はそっとしといて」
ということで、寂しいけど、ぼくはもうSMSも送らないし、電話もかけないことにした。明日帰ろうかな、と思ったけど、ワクチンを打つ、土曜日までここにいることにする。少し、おさらばじゃ。あはは。
コロナだけ気を付けてくれればそれでいい。
諦めたわけじゃなく、大きな意味で彼を信じてやりたい、と思ったのであった。

滞仏日記「息子から、ぼくを信じてよ、とメッセージが入って、心が痛い父ちゃん」



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