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滞仏日記「インド変異株が急拡大する欧州で、もう一度気を引き締める」 Posted on 2021/05/29 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ワクチン接種が進んでよいことなのだけど、これがある種の危険性を招いているとぼくの知り合いのマダムが声を大にして力説していた。
今日、ちょっとした会合があり、パリのはずれにあるフランス政府関連のビルにぼくは赴いた。
詳しいことはまた別の機会にお話しをするが、その席でその会合の長であるマダムが、
「ワクチンを打ったことでなぜかみんなもう大丈夫と思うみたいで、しかし、ワクチンを打っても感染しないわけじゃないし、実はインド株にどこまで今のワクチンが有効かは誰にもわかりません。だから、私たちはワクチンを打っても、さらに警戒感を失ってはいけないのです」
といった。
ぼくはシャンパンをすすめられたけど、みなさん、マスクをずらして、シャンパンを飲むような気の使いようで、(すごい!!)まじ、それはちょっと不思議な光景でもあった。

滞仏日記「インド変異株が急拡大する欧州で、もう一度気を引き締める」

地球カレッジ



実は、ワクチン接種が進んで感染者数がぐんと減った、英国由来のコロナに打ち勝ったような印象だった英国で、なぜかインド株が急拡大しており、先ほど、フランスは英国からの渡航者に七日間の自宅隔離を義務付けた。
この対象国はほかにインド、パキスタン、ブラジルと感染がもっとも多い地域(16か国)並みの扱いで、ぼくはちょっと驚いた。(ちなみに、ドイツも英国からの渡航者を二週間自主隔離におく。オーストリアは英国からの渡航者を禁止)
英国でインド変異株が増えているのは間違いない。
ただ、英国もフランスからの渡航に制限を付けているので、どこの国も他所の国からの渡航に厳しい措置をとっている。
それだけみんなインド株を国いれたくないと必死なのである。
つまり、ウイルスに勝ったと思ってもまたすぐに状況が覆されるのが、この新型コロナの見えない怖さなのだ。



英国はかつてインドの宗主国だったこともあり、インド系の方々が多い。
当然、インドとの行き来も多いだろう。
ワクチン接種が進んで気が緩んだ英国で、インド株が拡大した背景や理由について、想像することが出来る。
4月7日、ジョンソン首相がパブの再開を祝ってパブでビールを飲んでいる羨ましい映像が世界を駆け巡ったが、人々は英国株に打ち勝った気分になり、マスクをはずしてパブで騒ぎ、あるいはコンサートやクラブなども再開していたのだけど、あちこちで盛り上がり、その早すぎる気のゆるみがここにきてインド株の拡大にスキを与えた格好となった。

滞仏日記「インド変異株が急拡大する欧州で、もう一度気を引き締める」



ペストの時代から、こういう感染症パンデミックは、おさまったと思ったら拡大するという悪循環を繰り返してきた。
そのことをみんな歴史から学んでいるはずなのに、経済を優先するあまり、いきなり元通りの感じで盛り上がってしまえば、つまりはこういうことになる。
インド変異株は従来のウイルスよりも3倍感染力が強いと言われているので、フランスは慌てて英国からの入国者に制限を与えたということだ。



今日のニュースによると、BBCラジオの女性司会者のリサ・ショーさん(44)がアストラゼネカのワクチンを打った後、血栓が出て一週間後に亡くなった、ということだった。
ワクチンの副作用が原因かはまだわかってないが、年齢は44歳ということで、フランスでは55歳以下の人にはアストラゼネカは打てないことになっている。
副作用で亡くなる人の数は極めて少ないと言われているが、仮に10万人に一人であっても、そこに当たる可能性はゼロではなく、やはり心理的には微妙な畏怖を含んでいる。
ぼくはセーヌ川ライブが終わった二日後に、二度目のワクチン接種を行うが、ファイザー社のワクチンは二度目の方が体調にきつい場合があるという報告もあるので、ちょっと緊張している。

滞仏日記「インド変異株が急拡大する欧州で、もう一度気を引き締める」



英国の発表によると、インド変異株に対して、アストラゼネカ社のワクチンもファイザー社のも有効であることが確認されたということで、ただし、一回の接種だと33%の、二回でファイザーは88%、アストラゼネカは60%、の有効率だったらしい。(ちなみに従来株に対する有効性は、ファイザーは93%)
現在、インド変異株に感染している人を分析すると、ワクチンを打ってない人、もしくはワクチンを一回しか打ってない人が罹っている。ワクチンを二回接種している人はほぼ罹ってないという分析結果が出いてる。(フランス24の報道による)
というので、やはり、ワクチンを打つことがインド株にも有効なのだということが分かってきた(分かってきつつあるという表現の方が適切か)。
いずれ、インド変異株に対応するワクチンが出てくるかもしれないし、そうなると、ぼくらはインフルエンザやコロナや変異株など、いったいいくつのワクチンを今後毎年打たなければならなくなるのだろう。
考えるとうんざりするが、科学が感染症に打ち勝つまでぼくらは気を緩めることなく、日常を過ごすべきであることだけは間違いなさそうだ。



今日、昼食会の席上、とある出席者がスピーチでぼくについて語った。
「ムッシュ、ツジ。あなたは、この感染症が大拡大したフランスで一度もコロナに罹らず過ごされてきたのは、本当に、素晴らしいことです。それはまさにマリオゲームの一番難関の場面をクリアしたゲーマーに匹敵する功績だと思います。やはり、日本人の生真面目さのたまものなのでしょう」
と言われた。
えへへ。絶対、罹らないという、根拠のない自信だけはある。



滞仏日記「インド変異株が急拡大する欧州で、もう一度気を引き締める」

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