JINSEI STORIES

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」 Posted on 2021/06/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここのところずっとフランスの田舎は快晴が続いている。
昨夜、珍しくカモメが鳴かなかったのでよく眠れたこともあり、早起きして、夜明けから小説の執筆に集中することが出来た。
思ったよりも筆が進んだ。ふー。そういう日もある。
朝の九時、コーヒーを淹れて、窓をあけ、海を眺めていると、どこからかオルガンの音が聞こえてきた、ん? 
オルガンだとォ・・・?

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」



ということは下の階のカイザー髭とハウル魔女が田舎に戻って来たということか・・・。
ぼくは耳をすませた。おお、これは、英国のロックバンド、プロコルハルム の「A Whiter Shade of Pale(青い影)」じゃないか。
1967年の世界的なヒット曲で、オルガン奏者であれば誰もが演奏をする名曲だが、この曲を知っているということが、そもそも年齢がわかるというものだ。たぶん、カイザーはぼくより一回り上の世代じゃないか、と推測している。
「しかし、ええなぁ。朝から気分があがるわい」
思わず、敵に塩を送ってしまった父ちゃん。
慌てて口を塞ぎ、やば、と思ったら、むむむ、不意に、曲が変わり、ちょっと激しいナンバーになった。
ぐああああああ、こ、これは、ユーライア・ヒープじゃん! 
思わず、音の方を振り返った父ちゃん、ビートを刻みだした自分の身体を抑え込むのが大変だった。こら、自分、おちつけ!!!
「しかし、すげー、やるな。ユーライア・ヒープのLook at yourselfとか、あの髭爺さん弾くんだ、すげー。懐かしい。感動する」
1970年初頭の世界的大ヒットアルバムで、ハードロックとプログレロックの融合みたいな、たしか日本名は「対自核」当時の日本のレコード会社の人って、凄い邦題を次々に考え出していたけど、Look at Yourselfを対自核と邦訳するその人こそ、天才。
そのセンスに若き辻仁成は打ちのめされたのであった。
思わず、こぶしを握りしめていた父ちゃん、鼻血寸前だった。むはむはむは・・・

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」



しかし、仕事が手につかなくなった。
そうだ、確か、カイザー髭は寝室にケンウッドのシンセサイザーを置いてたっけ。
ぼくは気が付くと寝室のベッドの上に座っていた。いつの間に・・・、笑。
よく考えたら、ぼくの寝室の下にカイザーたちの寝室があり、つまり、ぼくの下でカイザー髭とハウルの魔女は手をつないで寝ているのか、ゲッ、それは人工衛星から見ると3人が重なって寝てる感じの映像になるのじゃないかー、こわ。
と、その時、さらにさらにぼくの青春時代を彷彿とさせる、あの曲が田舎の館中に轟きだしたのである。
「ぎゃああああああああああああああ」
こ、これは、あの名曲。でぃーぷぱーぷる!!!
「ハ、ハイウエイ・スターーーーーーーーー、来たーーーーーーーーー」
が唸りだした。年代物のケンウッド、頑張っている。父ちゃん、思わずベッドの上でこぶしをふりあげたぁ。
「のーばでぃーごーいんぐつーていくまいかー、あいむごーいんぐつーらーせいっとつーざぐらうんどーーー」
歌いだした父ちゃん。やばい。気が付くと、ベッドの横のヤマハ・ギターを掴んで、弾きだした。
ががががががーじゃーんじゃーん! 
うう、たまらん、このドライブ感。
りっちー・ぶらっくもあのギターが最高だった。そして、オルガンは、じょん・ろーど様だぁ。涙ーーーーー。
気が付くと、下の階のカイザーと競演をしていた父ちゃんであった。
父ちゃん、ベッドの上に飛び乗っていたーーー。
うちの床、彼にとっては天井を介して、初セッション大会となった。やばい。思わず、音を下げて、敵に聞かれないようにした、父ちゃん。
ああ、エレキが弾きたい。
しかし、これは、罠だ。この登場の仕方はあまりにやばすぎる。
あまりにも、70年代ロックだ!
ぼくはギターをおろし、寝室の窓をしめ、ついでに全開だった風呂場の窓まで閉めることになる。

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」



しかし、仕事が手につかなくなった父ちゃん。これは一度でもセッションをしてしまったことが、何か思わぬ展開に発展しなければいいのだが、と怯えつつ、身構えつつ・・・。
うずく身体を必死でおさえなければならなかった。

このままでは、カイザー髭の罠にはまると、ぼくは近くの町へランチを食べに出かけたのである。忍者のように、忍び足で、カイザー宅の前をこそこそと逃げ出す父ちゃん。
とまれ、食事後、家具が何もないので、椅子を見に家具屋に行ったら、猫の置物があった。
これ、屋根にこっそり置いといたら、カモメが近づかないのじゃないか、と不意に思いたち、おおーーーグッドアイデア。
魔除けならぬ、カモメ除け!
ちょっと高かったけど、二匹買った。
うちの天井は水平なので、ひもで括りつけておけば、落下することもないだろう。とにかく、あのカモメの国民たちにはいいかげん、腹がたつので、このくらいのことはしても罰は当たらない。
何せ、屋根なんか、となりの村にも、遠くの町にも、他にもいくらでもあるのだから、よそにいって鳴いてくれ。いひひ、とほくそ笑む父ちゃんだった。

地球カレッジ

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」



夕方、館に戻り、階段を上っていると、
「やあ、さっきは楽しかったね」
と天からカイザーの響き渡るテノールの声が降り注いできた。
踊り場から見上げると、待ち構えるような感じで、ぼくを見下ろす、髭。
ぎゃあああああ、出たー。
そ、そして、その背後から、にゅーーーっと顔を出したのは、ハ、ハウルの魔女であった。わ、笑ってる。
「ぼ、ぼんじゅーる」
ハウル魔女が、笑顔でぼくに小さく手をふった。に、似てる。
どの角度から見ても、ハウルの動く城に出てくる荒地の魔女そのものである。
カイザー髭の髭は相変わらず、ぴんと、天井へ向かって反りあがっている。
ぼくはおそるおそる階段をのぼりながら、この修羅場をどうやって切り抜けようか、悩んでいた。
「ハイウェイスター、いい感じだったね」
「あはは」
困った。ここで、話しを合わせると本当にセッションをしなきゃならなくなる。
これでも一応、父ちゃんはプロのミュージシャンなのだ。ジョルジュやマレックたちとセーヌ川クルーズを成功させた日本のロックミュージシャンとして、この田舎で盛り上がるのだけは認めるわけにはいかない。
「ぼ、ぼくじゃないですよ」
思わず、嘘をついてしまった。父ちゃんだった。
「え? ギター弾いてなかった?」
「ぼくじゃないですよ」
「でも、上から聞こえてきたけど」
「それは、ぼくじゃないです」
すると、ハウル魔女がカイザーの腕を掴んで、
「あなた、この方はご自分じゃないとおっしゃっているんだから、違うのですよ」
と救いの手を差し出してくれたのだ。優しいじゃないのー。
納得いかないカイザー髭、
「いや、あれはムッシュ・ツジのギターだった。いつも聞いてるからわかる。あれはクラシック・ギターのナイロン弦の音だった。この館であのギターを持ってる者が他にいるかね?」
うわー、しつこい。そこまで理詰めで来るか、カイザーめ。
「ぼくじゃないですよ。今、パリから着いたところです」
この嘘はやばかった。カイザー髭が背後を振り返り、玄関の上にある監視カメラを指さした。ハウルの魔女も、一緒に見上げている。やばい夫婦だ。罠だ!
「さっき、君が忍び足でここから抜け出るの、見えたけど」
ゲ、監視カメラで監視されてたのか!!!! こわ。

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」

「ぼくじゃないすっよ。人違いっす」
一歩も引けない、父ちゃんだった。
ぼくらは膠着した。カイザー髭の玄関前で、三人はお互いの顔を見つめあったまま、動かなくなったのである。その時、階段の壁を這うガスの配管が、
トンツー、トントン、ツーツー
と鳴り響きだした。ひやあああああ、謎のモールス信号だぁ。

つづく。

滞仏日記「ついに、カイザー髭とハウルの魔女がやってきた。やあやあやあ」



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