JINSEI STORIES

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」 Posted on 2021/08/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝、起きたら、11時半で、「やばい。昼飯作らなきゃ」と思って、キッチンに向かったのだけど、息子の部屋が暗く、あれ、いないのかな、と思って覗いたら、ああ、やっぱり、いない。笑。
携帯で「昼いらないね?夜はどうする?」と送ったら、「夜はうちで食べる」と中年のおっさんのような返事が戻ってきて、気が抜けたので、ベッドに戻って寝直すことにした。
空は晴れているから、あとで外出しなきゃ、と思いながら・・・。

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」



誰か呼び出して、今夜は公園あたりでピクニックでもしようか、と思いついたが、メッセージを送ったフランス人のママ友は見事に全滅であった。
というか、みんなこの時期、家族で旅行に出ている。ボルドーやニースあたりから、ピースマークが戻ってきた・・・・。腹が立つ。
そうだ、こういう時にこそ、日本の仲間たちだ、と思い、ちょっと年下の三人の野郎どもに、メッセージを送った。
誰か一人くらいは暇しているだろう、思ったからだ。
そしたら、なんと全員から、行きます、と連絡あり。えええええ、お前ら、暇か!

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」



息子の夕飯を作り、ラップで包んで、テーブルの上に置いた。
さぁ、出かけるぞ、と思ったら、ちょっと気分があがった。
しかし、デルタが怖いので、カフェのテラス席の、風通しのいい場所で、おしゃべりをすることになった。
40才から50才までの男子、というか、中年のおっさんたち3人と向かい合った。
ところがこの三人、饒舌ではない。
ぼくが調子悪いので、司会進行がいない。
なんとなく、みんな笑顔で、ぼそぼそという感じで会話がはじまった。
O君はM君、D君と初対面であった。



「どうよ、最近」
とぼくが先輩風吹かせて言うと、M君が
「あ、まあまあですね」
と言った。
会話が進まない。こういう時、1人、おしゃべりな女子がいると、盛り上がるのだけど、いつも厨房で黙々と仕事しているような野暮な料理関係者だからか、妙に物静かである。
「今日は無礼講でいこう。遠慮しないで、ため口で話そう」
「あ、すいません。お気遣い、ありがとうございます」
とM君。・・・・話が通じてない。
D君とO君もクスクスと笑っている。

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」



それでも、ワインを飲んでいると、次第に緊張もほぐれてきたのか、会話が動き出した。
「辻さん、彼女作らないんですか?」
とM君が言った。いきなりの無礼講である。ワインのなせる業だろうか・・・。
「うーん、そうだね、今は考えてないけど、そのうち」
「辻さんはブロンドのかっこい女性が絶対似合うと思います」
いきなり、M君が凄いことを言ったので、O君とD君が、引いた。
「え? ぼくに?そうかなぁ、違うと思うけど・・・・」
「いいえ、謙遜しないでください」
と不意に、M君が言った。なんか、この人、無礼講過ぎる・・・。
「なんで?」とO君。
「いや、ぼく、よく知ってるんです。辻さん、似合うと思います」
M君はいつもこんな風にわけのわからないことを言う男だ。みんな、呆れている。
「M君、ぼくはもう歳だから、カッコイイ女性より可愛いわんちゃんを飼いたいんだよ」
「犬ですか?」とD君が反応した。
「14区と16区にペットショップ?なんか犬を扱ってる店を見つけたんだ」
「今はたしか、市内では犬を買うの簡単ではないはずですよ。田舎というか、パリから離れた静かな場所にある、そういう専門のブリーダーで購入するのが一番いいという雰囲気があって、しかも、前もって申請があって、審査に通らないとダメ見たいです。思ったより、今、パリで犬を飼うのは大変なんですよ。犬を中途半端に飼って、虐待というか、酷い扱いをする人が増えていて、問題になってるんです」
とD君。※その後、D君からメールで、フランスは2021年に法整備され、2024年から犬は店頭販売が出来なくなる、ということだった。
「そうなんだ」
「昔は、セーヌ川沿いにペットショップが結構あったじゃないですか、今はないですよ」
「へー」とM君。わかってるのかなぁ・・・。
会話はたわいもないけれど、でも、こうやって外に出て、誰かに会うというのはやはり今のぼくにはいい気分転換になる。
それに、世の中のことが結構わかる。
フランスの感染者は日本より多い。人口は日本の半分だから、もっと神経質になってもいいはずなのに、コロナに慣れちゃった感と、あとワクチンで安心しきっている感がある。
確かに重症化している人が少ないので、つい、気が緩んでしまうも無理はない。



ぼくはここのところ、息子に泣かされていること、について相談した。
ママ友だけじゃなく、同性に相談するのも悪くない。
先日の、辻家での出来事(日記では書けないようなこと)を洗いざらい話した。
「わ、そりゃあ、大変でしたね、でも、思春期ですから、当然のことですよ」
とO君。
「順調に成長しているという証拠です」
とD君。
「でも、辻さん、頑張ってる。失礼だけど、その年齢で」
とM君。ぜんぜん、ため口になってきている。
そこから、思春期、反抗期の青年とどうやって向かい合えばいいのか、男側からの意見、参考になった。
お互いの過去の経験などを交え、議論となった。
同時に、これはいい意味で、励みになった。
みんな自分の若い頃の話しをした。
「でも、やっぱり、フランスで生まれて育つとフランス人ですよね」
と言ったのは50才のM君、彼のお子さんは16才なのだとか・・・
「ぼくが辻さんなら、とっくに音を上げてますよ。だから、もっと自信もって生きてください。そこまで出来たら、あと半年。フランスの成人は18才だから、そこで彼は一区切りになるんです」
いいことを言う。
人間というのは、こうやって、おだてられ、持ち上げられると、ちょっと頑張ろうかな、という気持ちになるから不思議である。
自信はないけど、がんばらなきゃ、とぼくは宣言をした。

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」



「辻さん、人生なんて、そんなもんすよ」
とM君が偉そうに言った。無礼講過ぎる・・・。
ぼくがここのところ息子問題で頭抱えているのをみんな日記で読んで知っている。
「でもね、やっぱ。お母さんじゃないから、無理なんだよ」とぼく。
「そんなことないですよ」
とD君が言った。
「息子君、元気ですか? もう、ずっと会ってないなぁ」
とO君が言った。
長い付き合いだから、この三人は全員息子のことを知っている。そうだ、この三人は息子繋がりなのであった。
O君の店には息子が5才くらいの頃から通っている。家族が三人だった頃も、二人になってからも、ずっと通っていた。最近、そういえば、行ってない。
「実はこの間、道で、声かけられたんです」
「誰に?」
「息子さんに。あまりに大きくて、最初は、誰だ? こんな奴知らないなって。ぜんぜん、気づかなかった。ぼくの中では、いつまでも10才の時の小さな少年のままなんですよ。あんな背の高い、がっしりした青年だとは思わなくて」
へー、みんなで笑った。
「もう、そんなに、大きいんですね?」
O君もM君もD君も息子とごはんを食べたことがある。
「高校生はすごいよ、でかいし、めっちゃ反抗期で、マジで、泣かされたよ」
三人は、クスクスと笑いながら、でも、それ以上笑っちゃいけないのかな、という顔で頷いている。そこらへんが、男子である、笑。
「でも、楽しみですね。どんな男になるんでしょう」
M君が言った。
「彼は大丈夫でしょ。音楽の才能もあるし」
とD君が太鼓判を押した。
「でも、お父さんが辻さんだから生きにくいのは事実だよなぁ。作家でミュージシャンだし」
とO君が言った。
「そうなんだ」
全員が、なんとなく、控え目に頷いている。こういうところも、男子・・・。
おっさんず忠告、である。あはは。
ぼくはいつもママ友と仲がいいので、日本人のおっさんずクラブというのは久しぶりだったから、ある意味、新鮮で、いい意味、参考になった。
みんな思春期、反抗期を日本で過ごしてきた連中なのである。
「じゃあ、飯でも喰いに行こうか」
ぼくは夏の空を見上げながら、言った。
なんとなく、ずっと4人でいたかった。
そういうのをもう一つの青春というのだろう、と思った。

滞仏日記「パリのおっさんずラブな四人の終わらない青春」



自分流×帝京大学
地球カレッジ