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滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」 Posted on 2021/08/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスの超田舎を巡っているのだけど、知り合いには会わない静かな世界の中にいる。
自分の家を起点に、2時間前後で行ける場所へ行き、戻って、寝て、また出かけるみたいな感じの旅になるのだろう・・・。
気が向けば、ホテルに泊まることもできる。
衛生パスポートで管理されているから、ある程度、安全は確保されている。
そういえば、息子にメッセージ送っているけど既読にならない。ま、お互い、自分の時間を大切にしましょう。



実は、今回の旅には小さな目的がある。
9月からdancyuで「サラダ連載」がスタートするので、フランスの野菜レシピを勉強する旅なのだ。目的があると勢いづく父ちゃん。
昨日は、山の方に行き、生産者の情報などをリサーチした。
この時期は夏野菜だから、茄子とかズッキーニとか、あ、トマトも美味しいね。
高速を降りた時に、まだ午前中だったけど、お腹が鳴ったので、県道沿いにあるカフェに入った。
もちろん、入口で衛生パスポートの提示を求められる。
QRコードが政府が運営するcovidアプリに入っているので、それを開くと、店の人が端末でスキャンする。
すると次の瞬間、ぼくのデータがそこに記載される。

滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」

※画面には、ぼくの名前とか、生年月日まで出るのだ。



さらにお店に提示されているQRコードを自分のアプリでスキャンすると、自分がそこにいた時間に、近くに感染者(もしくはその後感染した人)がいたかどうか、を知ることが出来る。
今まで、ぼくの携帯はずっと緑色の安全というマークが出続けている。
何かリスクがあった場合は携帯に知らせが届く。もしくは電話がかかって来るという感じである。

ぼくは、「ビーガン・ボール」と名付けられた全部野菜だけのサラダ・プレートを頼んだ。
真ん中のコロッケみたいなものは、ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)である。
フランスではコロッケよりも、今はこのファラフェル人気がすごく、肉感があるので、腹持ちもよく、満腹度が高い。
他に入ってたのは、キノア、フムス、ほうれん草、人参、サツマイモのグリエ、アボカドなど・・・、健康そうで、しかも、美味しかった!

滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」



お店の人に、一時までに行けば、地元の人だけがあつまるマルシェがやってるよ、と教えられて、急いで食べて店を飛び出した。
マルシェは外なので、ま、それでも、感染は怖いけど、この地域はマスクが義務づけられているので、ま、安心かな。
見て回るだけでも、楽しい。
頭の中に、いろいろなサラダのイメージがわいてくる。
おっと、美味しそうな惣菜屋があった。そこに何種類ものパエリアが陳列されていたので、今、食べたばっかりだったけど、夕飯用に買い込むことにした。手長エビのパエリアをちょっと買いました。えへへ。

滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」



滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」

地球カレッジ

なんか八百屋を覗いていたら、
「ぼくは東京が大好き。コンニチハ」
とぼさぼさ頭の店主にいきなり、声かけられた。
「お、ぼくは、一応東京生まれです」
なんで、日本人ってわかるのか、本当に不思議なのだけど、やっぱ、歩き方なのかな。この間もお爺さんに(パリの)道端で、日本人だよね、と声をかけられ、その人曰く、日本人は歩き方でわかる、と言われた。
「こっちに住んでるの?」
「パリに」
「ああ、そうか。バカンスだね」
「いや、パリの生活に疲れてですね。魂の洗濯です」
「どういう意味???」
魂の洗濯の意味を仏語で説明すると、おじさんが笑った。
「ああ、Purifier votre âme(魂の洗浄)ということだね?」
おお、そのままの仏語が存在した。
子育ては大変だからね、わかるよ、と言われた。

滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」



おじさんに「サラダ連載」の話をしたら、
「じゃあ、チーズと野菜の組み合わせが、いいんじゃないか」
とアイデアを貰えた。
おじさん、大のチーズ好きだということで、ああ、それはグッドアイデア!
フランスのサラダの定番に、たとえば、ヤギのチーズを温めてサラダの上に載せたものがあり、そこにははちみつがちょっとかかっている。
これが美味いのだ。ぼくはもともと癖の強いヤギ系のチーズが苦手なのだけど、焼いたヤギのチーズは癖が消えて、野菜にあう。
しかも、はちみつが野菜とチーズを取り持ち、口の中で仄かな甘さを広げるので、おススメなのだ。
「カマンベールのチーズと葉っぱサラダとの組み合わせは最高だけどな。それに白ワインね」
「いいですね」
「それ、勉強します」
その時、ぼくの携帯が不思議な音色を出した。

滞仏日記「しっかりと魂の洗濯をしている父ちゃん」



電話の着信音ではないし、シンセで作られた短いメロディの繰り返し、取り出し覗くと、導入したばかりの監視カメラに写しだされた家の玄関の映像、そこを出ていく息子の絵だった。お、生きてる。
ドアの閉まる音まで聞こえる。小さな声で、いってらっしゃい、と言った。
空耳かな、という顔をして一度こちらを振り返った息子君、着飾って出かけていった。ま、お互い、夏を楽しみましょう。携帯を覗き込んだ八百屋のおじさん、
「これ、うちにもあるよ。行商だからさ、泥棒対策。便利だよね」
と言った。

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