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退屈日記「辻家の靴下問題が一応の解決をみた。これにて一件落着!」 Posted on 2021/09/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、高校三年生になった息子は毎朝、7時45分に家を出る通常の時間割りで生きるようになった。
それを受けて、ぼくの生活も、息子の受験に向けて、臨戦態勢に入った。
ただ、月曜日以外は給食があるようなので、夏の間のような一日中食事のことを考えなきゃならないわけではなくなったので、その点、ちょっと気が楽になった。
先の日記で書いた通り、息子は二足しか靴下をもってなく、その両方に穴が開いている、という悲しい状況のようで、その後もそれを履き続けている。
そこでぼくは昨日、日用品を扱っているスーパーに息子の靴下を買いに行った。
息子には、靴下代金として20ユーロを渡しておいたけど、学校が始まって忙しいみたいなので、とりあえず、急場をしのぐ、靴下を時間のある自分が買いに行けばいいのじゃないか、と思いつき、モノプリというスーパーまで出かけることになったのだ。
ところが、売り場に行くと、いろいろな種類の靴下があり、悩んでしまった。こんなに靴下って、種類があったっけ???



そこで、若い店員さんをつかまえた父ちゃんなのであった。
「あのォ、ちょっといいですか?」
若い黒人の明るいお兄ちゃんだった。これはちょうどいい。服装のセンスも、うちの子がリスペクトしそうな感じであった。
「実は、うちの17歳の息子の靴下を買いに来たんですけど、こんなにたくさんあるから、どれがいいのかわからないので、アドバイス貰えませんか、と」
「はー。どういう感じの子ですか?」
「ヒップホップとかビートボックスとかやってます。音楽系」
「ま、好みだから、わからないですけど、普段、どんな靴下履いてます?」
「普段は穴のあいた靴下を、しかも、買ったのが5年前で、その時は白かったのですが、今は洗濯で色がうつって、うっすら青いです。それが二足あって、今は、それを交互に履いてるらしいですね」
そこで若い店員さん、目が動かなくなり、ぼくを憐れむよう目で見つめてきた。いや、そんなに悲しい家庭事情ではないのだけど、と言いかけたけど、・・・やめた。



「長い靴下ですか? 普段」
「どうなんでしょうね。そこまで意識したことがないですけど」
「スニーカーですよね?」
「はい」
「うーん、じゃあ、このくるぶしが見える。スニーカーというのと、それよりも少し長めのクオーターというのがいいんじゃないかな? で、たとえばですけど、このピューマの黒とか。いいと思います。白でもいいけど、黒が無難かな」
ということで、お兄ちゃんの意見を参考に、とりあえず、急場をしのぐために3足セットのクオーターというやつをかって、帰ったのである。
息子が夕方帰ってきたので、呼び止め、それを差し出してみた。
「え? どうしたの?」
「いや、気に入らないかもしれないけど、とりあえず、今すぐに必要だろうと思ったから、急場をしのぐために、買った。これ履いとけ」
「あ、ありがとう」
おお、素直に受け取った。嫌味は言われなかった。モノプリのお兄ちゃん、ありがとう。
「あ、でも、パパ、これ、サイズがワンサイズ、いつものより大きい。43から46ってなってるけど、ぼくは42だけど」
え? サイズまでは思いつかなかった。



「あのな、日本の古いことわざに、大は小を兼ねる、という言葉がある」
「はー」
「大きいものは小さいものにも対応できるけど、小さいものは大きいものには対応できないということだね。小さい靴下だと入らないけど、大きいのだと入るじゃないか。あと、洗濯したら縮むから、ちょうどよくなるし、まだ君は背が伸びるかもしれない。ともかく、大きい方が、便利だということなんだ」
「なるほど。ま、縮むかもね」
ということで、靴下問題は一応の解決となった。
時間が出来た時に、彼は自分の好みの靴下を買い足せばいい。
もしくは、下着とかはさすがに選べないので、余ったお金で好きにパンツとか買えばいいのだ。こういうことを日常とぼくは言いたい。
モノプリで、靴下を買った、その瞬間、それをはいて、登校する息子の絵が頭に浮かんで、ニコっと微笑んだ父ちゃんであった。
めでたし。これにて一件落着。

退屈日記「辻家の靴下問題が一応の解決をみた。これにて一件落着!」



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