JINSEI STORIES

滞仏日記「暴風雨により屋根が飛んだ田舎のアパルトマンの確認を友人のジャンに頼んだ」 Posted on 2021/10/24 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、お手伝いさんはいい人が見つかったが、一難去ってまた一難の一難がまだ去らない。
フランスの一部を襲った暴風雨、タンペットにより、田舎のアパルトマンの屋根が飛んだ、のだけど、日曜日と月曜日にどうしても延期できない仕事があり、田舎に行けない父ちゃん、そこで、悩んで悩んで、お、そうだ、この日記にも登場した田舎の友人、ジャンに頼んで様子を見て貰えばいいんじゃないか、と思いついた。
さっそく、電話を入れてみたのだが、彼が抱える別荘(48棟)も甚大な被害を受けていて、今すぐ時間を作れないという返事、・・・。そうだよね。
48棟全部のチェックがあるのだから、ジャンはぼく以上に大変だ。
「でも、出来るだけ時間を作ってチェックに行くから、気落ちしないで待っていてくれ」
と優しいジャンは言った。
みんな大変なのは一緒なのである。ここはジャンからの連絡を気長に待つしかない・・・。

滞仏日記「暴風雨により屋根が飛んだ田舎のアパルトマンの確認を友人のジャンに頼んだ」



「ところで、中に入らないと被害状況などは分からないと思うのだけど。鍵は管理人とか不動産屋とかに預けているのかい?」
ジャンから、夜に電話があった。
そうだ、うっかりしていた。
「鍵なんだけど、ドアの前のマットの下に置いてある」
「え? そんな不用心なことしちゃダメじゃないか」
「大丈夫。何にも盗まれるもの置いてないし、ぼくはよくものを忘れるから」
「でも、掃除の人が来て、見つけちゃうかもしれないよ」
「マットの裏にテープで貼ってある」
「信じられないやつだな」
「こんなこともあろうかと思って、・・・」
いや、前に一度、鍵を持たずに田舎に行ってしまったことがあって、泣く泣く、戻った苦い経験から、マットの下か、郵便箱の中に一つを隠すことにしたのだ。
ジャンから散々叱られたけど、とりあえずは、今回はそれでなんとかなる。
「ところで、そっちはどんな状況なんだい? 君のアパルトマンはどうなった?」



「やっぱり、結構、屋根が飛んでる。道も、各所でがけ崩れとか、あと、高木が倒れて国道を塞いでいたけど、だいたいは復旧したよ」
「屋根は?」
「工事が月曜日から始まる。屋根屋さんが、大儲けしている」
「うちのアパルトマンも、月曜日に工事が入ると下の階の人が教えてくれた。彼が大家グループの世話人なんだ。だから、屋根はとりあえず、月曜日に直るかもしれない」
「なるほど」
「でも、中は、ちょっとまだわからない。心配なのは、窓が開いてしまった場合、或いは天窓がガラスだから、飛んできた木枝とか石で割れたら、部屋の中がめちゃくちゃになっているかもしれない。それが心配なんだ」
「OK、心配なのはわかる。明日の午後になるけど、必ず行くようにする」
「忙しいのに、すまない。まるで日本の台風みたいだな」
「亡くなった人もいるんだ」
ジャンは、明日、昼頃には一度、ぼくのアパルトマンの様子を見に行くと約束をしてくれた。鍵は預かっていてほしい、と頼んだ。彼は専門家だから、ジャンに動いてもらった方が安心である。
持つべきものは友、とはよく言ったものである。
誰とでもすぐに仲良くなる、こんな性格でよかった。
少しずつ、田舎にも、仲間というか、友だちが増えてきた。
いつか、何かでお返しをしないとならない。
「恩に着る」という言葉があるけれど、これは「恩を受けて有難く思う」ということである。
相手のためを思う情け深い言動のことをいうのだ。
この情け深い人物と知り合えたことが分かっただけでも、ぼくの心の被害は癒されるのであった。

滞仏日記「暴風雨により屋根が飛んだ田舎のアパルトマンの確認を友人のジャンに頼んだ」



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