JINSEI STORIES

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」 Posted on 2021/11/03 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、咳き込んで子供部屋隔離していた息子だけど、コロナではなかったし、咳もとまり、今日、久しぶりに廊下ですれ違った。
「パパ、久しぶりだね」
開口一番、息子がうれしそうにいった。
この5日間ほどは、昼と夕飯はドアの前にご飯プレートを置き、食べ終わると、食器が出されるという完全隔離みたいなことをやった。
一応、PCRを信じないわけじゃないが、徹底しておくべきであろう。
ムコダインと、トランサミン、と咳止めもよく効いて、もう大丈夫、おめでとう。
「うん、あとで散歩に出る」
「あ、そういえば、アレクサンドル(息子の親友)だけど、ニューヨークの大学がほぼ決定したらしいよ。聞いてる?」
「え? もう? ‥‥知らない」

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」



これは先日のライブの時に、アレックスのお母さんのリサが言っていた。
親友なのに、知らないこともショックだったらしい。息子のちょっと顔が曇ったのを見逃さなかった、父ちゃん。
「TOEICがかなり高得点らしくて、もう、間違いないから、そこに行くってよ」
英語がそこまでよくない息子は衝撃を受けている・・・。
「11月に大学決まるって、すごいな」
息子はまだ何も決めてないし、大学の下見さえ言ってないのだ。行け、としつこく、言ってるのに、自分の未来をないがしろにし過ぎるやつ・・・。
ぼくはずっとそのことを心配してきた。
アレクサンドルと比較しちゃいけないのは分かっているが、幼稚園からずっと兄弟のように育ったアレックスのことを持ち出すことで、彼にやる気を植え付けたい。
それに、息子はいつも、アレックスなんかなんも勉強してないんだよ、とちょっと見下していた。アレックスは遊んでるふりしながら、ちゃんとやっていたのだ。
つまり、うさぎとカメの話しだ。アレックスは着実に人生の駒を進めていた。
「そうなんだ・・・」
息子が落ち込んでいるのがわかる。可愛そうだけど、大学に落ちたら、悲しいのは自分なので、ここはあらゆる手を使って、やる気にさせる必要があった。

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」



「アレクサンドルがニューヨークに行くと、リサがパリにいる必要がなくなるので、単身赴任しているロベルトが住むミラノにうつって、フランスからあの一家はバイバイするみたいだ。アレクサンドルの親戚がアメリカにいるし、ニューヨークで就職し、そのままグリーンカードを取得して、アメリカ人になるな。もうパリには戻らないかもしれない。君は、どうなってるの? 大学はどこを受験するの? 試験は!」
「志望校は決めたけど、試験、ないかもしれない」
「どういうこと?」
「今年はコロナで、これまでの成績をもとに大学が判断をするらしい」
「やばいじゃん。仏語、成績悪かったよね」
「うん」
暗雲立ち込める辻家・・・。
あまり追い込んでもいけないけど、毎日、友だちとゲームばかり、やっているような子が志望校に入れるわけがない・・・。
「今からでも遅くないよ。必死でやらないと、人生台無しになるぞ」
「・・・・」
「アレクサンドルは着実に人生のビジョンをもってやってきた。君はそのアレクサンドルをみくびっていた。あいつが勉強するわけがないって、言ってたよな。そうじゃなかったな。彼は着実に勉強をしてきた。君の知らないところで、ニューヨークの大学の試験を受けていたんだ」
「・・・・」
「まだ、11月になったばかりだから、今から必死でやろうよ」
「うん」
息子はうなだれ、部屋に戻っていった。
やれやれ。アレクサンドル効果に期待したい・・・。

つづく。

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」



自分流×帝京大学

退屈日記「仲間たちは大学を見つけた。さぁ、息子よ、君はどうする?」

新世代賞作品募集