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自分流塾「ガンバルモンカ、というぼくの生き方」 Posted on 2022/01/19 辻 仁成 作家 パリ

昔、30年くらい前かなぁ、笑、角川書店に角川ミニ文庫というのがあって、(掌に入るサイズの文庫でした)若者向けに、そこで「ガンバルモンカ」という掌編小説集を出したことがあった。
ミニ文庫はその後呆気なく消えてしまったけれど、この「ガンバルモンカ」という言葉はその後のぼくの生き方の一つとして残った。
ぼくは今も、この「ガンバルモンカ」を実践している。
寝る前とかに何かよからぬことを考えてしまい、人生が不安になって、眠れなくなった経験のある方はきっと少なくないはずだ。
なぜか、寝る時に、人生を振り返ったり、過去の怒りを思い出したり、未来を考えてしまって、眠れなくなる。
そういう日頃の不安が蓄積して、夜に襲われてしまうのだ。
これはもはや悪習というしかない。
そういう時、ぼくは「ガンバルモンカ」と心の中で唱えて、これを振り切ってきた。
不安になるのは、自分が頑張っているからであり、それを断ち切るしか方法がない、とぼくはある時、悟った。笑。

自分流塾「ガンバルモンカ、というぼくの生き方」



人間というのは、基本、真面目に出来ている。
どんな人も、大小の差こそあれ、みんな人生のなにがしかの目標を持っており、リスクを出来るだけ回避して、最大の幸福を目指すために、日夜、頑張っているのである。
しかし、頑張るというのは、それだけ自分を制約しているということにもなるので、気づかないうちに、自分の限界を超えて頑張ってしまい、そこから不安が生まれてくるのも事実。
そういう時、ガンバルモンカと唱えるだけで、心の負担は多少緩和される。
気は持ちようという言葉通りなのだ。
頑張るのだけど、ガンバルモンカ、と呟くことで、やらなければならないという使命感に反抗することが出来るのである。
人によっては、使命感が強すぎるので、それが強迫観念のようなものを生み出してしまうことがある。
こうやって、理論だって分析していくことで、なんだ、そういうことか、と気が付くこともできる。
負担を減らすことが出来た時に、実は人間はいい成果を生み出すことが出来たりする。
訓練を積み上げた人が、最大限リラックスした時に新記録が生まれるようなものである。「ガンバルモンカ」は「頑張らない」ということじゃなく、必要以上に頑張り過ぎないということであり、余計な負担を心に与えないための「手軽な防衛策」でもある。

自分流塾「ガンバルモンカ、というぼくの生き方」



何か周囲に強い不満が出る時、たとえば、誰かを許せずにそれを引きずり続けるのは自分の中に何か目に見えない強いストレスが多くあるのだ、と思えばいい。
そう思うだけで、相手や世の中や人生に対する不満は軽減できる。
ぼくは誰かのことを恨んでいる自分に気が付く時、よくこのことを思い出している。
あれ、俺って、めっちゃ今、ストレス抱えてるんだな、と・・・。
つまり、自分の調子がよく、最高潮で何をやっても上手くいく状態にあるなら、誰かを恨むことに執念を燃やすこともないのだから・・・。
なので、そういう時にこそ、ぼくは「絶対、この人生に勝ってやる」と逆に自分に言い聞かせたりしている。
人生は勝ち負けじゃないが、結局、人は自分に負けて、つまり、挫けてしまうのである。
こういう時は逆に「よーし、ちょっとガンバッテミルカ」モードに切り替えてみるのも悪くない。
ともかく、くよくよしてもしょうがない。
特に、ベッドに入って、毎晩、くよくよし続けるのは明日に対して失礼だ。
夜は寝るためにあるものだから、「ガンバルモンカ」と自分に言い聞かせ、そこで不安を断ち切るくらいの気持ちで眠りに落ちたほうがいい。
不安というのは、勝手に自分が作り出した幻想だったりもする。
未来ばかり気にしているから、そうやって不安が押し寄せてくるのだ。
足元を見つめ、毎日を丁寧に生きることを心掛けて進めば、気が付けば、意外と遠くへ辿りついていたりもする。
考えてみてほしい。
なんとかここまで生きることが出来たし、未来だって、どうにかなるものだ。
その時その時、乗り越えていけばいいじゃないか。
見えない将来の不安に振り回されて人生を棒に振るのはもったいないし、夜、悩みに入るのは健康上もっとよくない。
なので、ぼくは苦しい時にこそ、「ガンバルモンカ」と呟き、自分を励ましている。

自分流塾「ガンバルモンカ、というぼくの生き方」



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