JINSEI STORIES

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」 Posted on 2022/03/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は想像を絶する凄い一日であった。
どこからどう話せばいいのかわからないが、要は、三四郎、生まれてはじめてドッグ・トレーナーさん主宰の訓練学校に入学したのだった。
ともかく、そのトレーナーさんらが、まず、凄まじかった。
前の日記で、ドッグトレーナーを探しているということを書いた。
1,めっちゃ軍隊的なトレーナー集団、
2,送迎付きの教育的なトレーナー集団、そして、
3,ちょっと可愛い小規模の森で集まるトレーナーチームの三つをみつけ、三四郎は小心者なので、最初は優しい感じの森のトレーナーさんからがいいだろうと思って、今日、ヴァンセンヌの森の奥で行わされた犬のトレーニング講習会に二人で参加(入学)したのだった。
さらに、集合場所に行くと、びっくりするような光景が目の前に広がっていたのであーる。
マジか・・・。

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」



滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」

まず、ぼくよりでかいラブラドールとか、筋骨隆々のブルドッグ、怖い目のシェパード、いかついイタリアンコルソドッグとか、大型犬が森の広場で格闘とは言わないけどくんずほぐれつじゃれ合っており、それを囲む、飼い主たち・・・、結構、犬に負けない個性的で野性的な方々ばかりで、おおお、とおじけづいたのは、三四郎じゃなく、まず、父ちゃんであったー。あはは・・・。
三四郎はその時まだ何が起きているのか分かっていない。
そんなぼくらに向かって、大型犬、中型犬が全速力で突進してきて、何の躊躇もなく、三四郎に覆いかぶさったり、抱き着いたり、マウンティングしたり、舐めたり、え、これ、犬なりの挨拶なんかな、とビビりまくる父ちゃんであった。
三四郎はここでやっと異変に気が付き、蹲った・・・。
帰ろうかな、と後ずさりしていると、主催者らしいいかついマダムがやってきて、
「あなた、訓練に来たのね」
と呼び止められた。
ぎく、・・・逃げられない・・・。

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」



仕方ないので、はい、そうです、と答えると、
「名前は?」
と聞かれた。この人がこの訓練学校のリーダー、マダム・リンダである。
「つじ」
「つじ? 珍しい名前ね」
ブーツを履いたリンダがしゃがんで、三四郎に、ハーイ、つじー、と声をかけた。
「いや、違いますよー。つじはぼく。この子は三四郎」
「ヌァ二ーー---」
マダムは立ち上がり、ぼくを睨みつけた。
「覚えられないわ、そんな難しい名前。サンシー、なに?」
「サンシローです。日本の伝統的な名前」
「日本人なのね。オッケー」
ふっと笑顔になったマダム。
HPの最初の画面には、みんな笑顔の飼い主さんらが、ハートマークとかピースサインが添えられた飼い犬たちと和やかに遊んでいる写真が使われていたが、まったく、そういう世界じゃーない。
リンダが、鞭を振りかざすSMの女王様のような出で立ちで、三四郎をじっと見下ろしている。ううう、リンダリンダー、リンダリンダリンダー・・・。
逃げるなら今だ、と思ったけど、次々に講師たちがやってきて、三四郎をかわいがり出したので、去るに去れなくなってしまう。

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」



訓練に参加した犬の数20頭、飼い主20人、講師10人という感じであった。
この訓練で使用する訓練用の首輪が配布された。仕方なく、三四郎の首に装着した。
「じゃあ、ムッシュ・ツジ。あなたは隣のラブラドールを引率して。ちょっと、ムッシュ、つじ、トレーニング中は撮影しちゃだめよ」
「・・・」
いきなり叱られた父ちゃんであった。えへへ・・・。
ってか、犬を交換って、どういうこと? 
隣の人がぼくにラブラドールのリードを手渡した。三四郎のリードはその人の手に・・・。
何がはじまるの? 不安な顔の三四郎・・・。
ぼくを見上げているけど、ぼくもどうしていいのかわからない。ぼくの腰の高さに、茶色いラブラドールの顔が・・・、に、睨まれた。頼むから、噛むなよ~・・・・。

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」



「じゃあ、先頭の人について、この広場を一周してください。ちょっと、つじさん」
「はい」
「あなた、初めてね?」
「そうです」
「まず、犬の名前を呼んで、その子はニキータ」
「ニキータ・・・(お、女の子なんだ。迫力ある)」
「ニキータ、オピエ(足元につけ)と言って」
「はい」
「人間よりも先に歩かせたら、ダメですよ。ああ、つじさん。そのリードの持ち方は間違えよ。貸してごらん」
「(ごらん・・・)」
マダムはつかつかとやってきて、ぼくのリードを奪うと左手でリードを上から掴んだ。これが正しい持ち方、いいですね、と言った。はい!
「じゃあ、スタートしましょう。途中で犬を次々に交換していきます。さあ、歩き出して」
いきなり、訓練がはじまった。
というのか、飼い主も一緒に訓練するの? 知らなかった。
しかも、ぼくが引率しているのはラブラドール、お、おい、力強すぎだろ、ひっぱるな~。
ぼくは引っ張られ、周回コースから大きく外れた。すると、リンダの部下のジョルジュ(アーノルド・シュワルツェネッガーさんみたいな体躯の持ち主)が走ってきて、訓練リードをぼくから奪うと、器用にきゅっとひっぱった。
「こうやって、きゅっと角度をつけて、ダメという合図を送る」
ぼくが真似をすると、ジョルジュが、違う、それじゃあ首を絞めているじゃないか、ダメだよ、と怒られた。
いやいやいや、知らないもの。ちゃんと教えてくれないと・・・。
何かコツがあるようで、犬が違うことをすると、リードをきゅっとひっぱるのだけど、ぼくにはとてもじゃないが、できない。
だいたい、ぼくは大型犬なんか飼うつもりはないんだ。
「犬たちに訓練をすることで、この子たちの命を守ることが出来る。車社会だから、歩道から飛び出して亡くなる犬もいるし、何が待ち受けているのか分からない世界です。犬に何が正しいか教えるのが飼い主の仕事。おそれないで、続けてください。終わる頃には言ってる意味がわかります」
とその時、背後で、三四郎の叫び声が・・・。きゃんきゃん、きゃんきゃん。
三四郎がぼく目掛けて走ろうとする。首輪があって、動けない。
もう、無理だ、とぼくは絶望して、卒倒しようになった。リンダがやってきて、
「最初だけよ。すぐになれるから、私たちを信じて」

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」

※右上のワンちゃんだけが、他の犬や人を噛まないための口輪をはめられていた。虐待を受けて、噛み癖を持ったわんちゃんなのだった。リンダは「この子がやってきた最初の時は本当に大変だった。でも、今は、みんなと遊べるようにまでなったのよ」と教えてくれた。この学校は厳しいけれど、トラウマを持った犬にも優しい学校なのであった。



リンダたちは全員、フランスのドッグトレーナーの訓練資格を持っている。
資格のない、散歩だけをする会もあるようだが、ぼくが選んだこの会は相当レベルの高い訓練学校だった。今頃気が付き、焦りまくる父ちゃん・・・。
つまり、三四郎はそんなすごい学校に入学してしまったのである。
何もかもが悪夢だと思った。三四郎は、他の犬を連れて歩く、ぼくの方に向かって遠くで吠え続けている。
「パパしゃーん、パパしゃーん」
三四郎の引率をしてる若いマダムは三四郎をどう扱っていいのかわからず、立往生している。すると、リンダが駆け寄り、三四郎のリードを掴んだ。
「サンシーロー、オピエ」
「サンシーロー、オピエ!」
「サンシーロー、オピエ!!!」
うわ、見てられない。神様・・・。
「サンシーロー、オピエ!!!!」
ぼくは目をつむって泣きそうになりながら、ラブラドールのニキータちゃんを引率していた。すると、不意に、
「サンシーロー、トレビアン!」
と声が飛んだのだ。
え?
ぼくは三四郎を振り返った。
三四郎がマダム・リンダの足元に寄り添っている。リンダが三四郎に何かご褒美をあげた。
まだ、動きはぎこちないけど、彼なりに、何をすべきかが分かってきたようだ。
「サンシーロー、オピエ」
「ニキータ、オピエ」
ぼくはリンダを真似てみた。
ニキータがぼくの足元にくっつき、一緒に歩きだした。おお、なんか、はじめての経験・・・。
「ニキータ、オピエ」
「ソニック、オピエ」
「スニー、オピエ。トレビアン!」

滞仏日記「訓練学校に入学した三四郎、きゃんきゃんきゃん、絶体絶命大ピンチ!」



この方法で、ぼくはニキータの次が、ブルドッグのソニック、そして、最後が、イタリアンドッグコルソのスニーと、次々、わんちゃんたちを引率したのである。
でも、この子たちは最初にじゃれて三四郎に飛び乗ってきた子たちだったけど、訓練中はみんな真面目ないい生徒だった。
オピエ、の命令に従っている。
ふりかえると、三四郎は遠くで、きゃんきゃん、吠えていた。
リンダの時はよかったが、知らないマダムやムッシュだとやはりダメなのだ。
でも、ぼくが仕事でこの子を誰かに一時的に預けないとならなくなった時、他の人間や犬たちに慣れてなければ可哀想なのは三四郎自身である。
ここはフランス、郷に入っては郷に従え、だと思った。
この授業は昼の12時から15時近くまで続いて、もちろん、楽しいゲーム大会もあったし、三四郎は様々な訓練を経験することになった。
三四郎はくたくただったけれど、後半の30分は、他の人の横にぴたりと張り付き、合格点をあげられるまで凛々しく成長していたのである。
横断歩道の渡り方、人のものを欲しがらない躾け、社会への適合性、などなど、これから、毎週のように訓練が続くことになる。
帰り際、リンダが笑顔でやってきた。
「ムッシュ、どうでしたか?」
「いや、どうなんでしょうね。この子は扱い難い方の犬ですか?」
「はっきりと言えることは、そうです。とても個性的な子だから、今のままだと社会に適応できないでしょうね。でも、今日のはじまりと終わりは見違えるように違っていたでしょ?あと10回程度、訓練をやれば、他の犬に負けない社会性を身に着けられるし、スタスタと歩ける立派なミニチュアダックスフンドになりますよ。ムッシュ・つじ、お疲れさまでした」
ぼくと三四郎は、よれよれになりながら、停めてある車まで森の中を歩いたのであーる。
まずは、初日、終わった・・・。

つづく。

今日も読んでくれて、メルシー・ボク!!!
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