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滞仏日記「ぼくが嫌いな人には残念な知らせ、でも、母さんにとってはいい知らせ」 Posted on 2022/04/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、これは、ここ数日の流れの中での話し。急展開です。

秘書さんが急逝した後、事務所を関東でコントロールできなくなり、移転場所を探していたのだけど、実はデザインストーリーズを応援してくれている人が大阪にいて、関西に本拠地の移転案が浮上している、のと同時に、弟の恒ちゃんが活動しやすいように福岡に営業所(?)、実質的な事務所を設置することが決まった。
今日、福岡の物件も知り合いの仲介で見つかり、なんと、喜んだのは母さんであった。
「ちょっと、お兄ちゃんに、かわって」
と恒久との電話の向こうで、母さんの声が響いた。
ぼくは忙しくしていたので、すっかり、86歳の母親のことを忘れていたのである。
「あんた、元気にしとるとね? 十斗も元気かね」

滞仏日記「ぼくが嫌いな人には残念な知らせ、でも、母さんにとってはいい知らせ」



「ああ、ごめんね、コロナとか戦争とかいろいろあるから、日本に戻れなくて・・・。もう、3年会ってないものね。この夏には帰るよ」
欧州は感染爆発していたので、日本への帰国を我慢していた父ちゃん。
やはり、母さんにうつしてはいけないし、日本の皆さんにも不安になってもらいたくないので、じっと我慢の爺さんだったが、この夏は、やっと帰れそうだ。(まだ、戦争の行方次第だけど・・・)
「いいや、あんたの顔はいっつもテレビで観てるとよ。NHKさんのボンジュール、ごっつあんごはんっていう番組、録画して何度も恒ちゃんと観てるとよ。あれは母さん、一生の宝物にしとるとよ」
ごっつあんじゃないけど、ドキッ!
あの番組はやらない方向で話しが進んでいるのだ。80%、中止に・・・。
「恒ちゃんから続編があるって言われて、私はもう天国に行くほどに嬉しかとよ、ありがとね、Lさん」
ぎょ、Lさんの名前が出てきた・・・。
ぼくは暗くなった。
母さんは、あの番組を楽しみにしてくれていたのか・・・。(思えば、そのことを母さんに聞いたことがなかった・・・)
実は、ぼくが、続編に難色をしめした理由の一つに、心無い人からの誹謗中傷があったのだ。しつこい人がいるのである・・・。
文句ばかりいう人がいて、だったら、やめるわ、となったのだけど、母さんがここまで、待っていたとは知らなかった。
事情を知っている弟が母さんから電話を取り上げようとしたのだけど、
「画面で会えるし、パリにはいけないけど、あなたの街の人たちがみんな優しいからね、なんとなく十斗の空気にも、触れられるし、あのね、母さん、嬉しいとよ」
と言われ、涙が溢れそうになった、父ちゃんであった。



電話を切って、ちょっと悲しい気持ちに包まれ、三四郎を散歩に連れだした。
いつもの散歩コースを歩いた。青空の遥か彼方に、日本があり、86歳の母さんがいる。
そして、ぼくや息子のことを想ってくれているのだ、と思うと、なんだか申し訳なく思った。
恒ちゃんから福岡の事務所の写真が届いた。
小さなアパルトマンだけど、静かな場所なので、いい感じである。
契約をすすめてくれ、と頼んだ。
福岡との行き来が増えそうな予感がする。
母さんが元気なうちに、たくさん、あっておきたい。
もじゃ男のカフェに行き、イチゴを頼んだ。イチゴに砂糖とレモンをかけるだけのデザートだけど、これがさっぱりして、美味しいのである。気分を変えなきゃ・・・。
イチゴを食べていると、携帯が鳴った。覗くと、ぎょ、テレビ制作会社のLさんからである。
「辻さん、今、いいでしょうか?」
「あ、ごめんなさい。一方的にやめたいと言った後、説明がきちんと出来てなくて」
というか、あれから、Lさんから一本もメッセージが届かなくなり、ちょっと心を痛めていた父ちゃんなのである。
「いえ、私もその重く受け止めておりました」
ぼくのテレビの窓口をしてくださっているタイタンのOさんを経由して、撮影を続ける自信がない旨は伝えてもらっていた。
まだ正式な話しにまでなっていなかったので、やめるということで動いている、と聞いていた。
「ええと、どこから話せばいいすかね」
とぼくは言った。

滞仏日記「ぼくが嫌いな人には残念な知らせ、でも、母さんにとってはいい知らせ」



「あの、説明はいりません。辻さん、撮影を続けてもらえませんか、最大限のサポートをさせてもらいます。私、パリまで行きます。撮影の邪魔にならないように、木陰から応援をします。なぜなら、待っている人もたくさんいるんですよ。いろいろと言ってくる人はいるとは思いますけど、あの番組で辻さんを知った人たちは、みんな待ってくれているんですよ。お願いします。負担にならないように、やってもらえればそれでいいんです」
いや、まじ、聞いていて穴があったら入りたくなるほどのラブコールであった。
ぼくは、母さんの顔を思い出してしまった。熱血なLさんは力の限り電話口でこの番組の続ける意味を力説してくださったのである。
耳が痛くなるくらいの大熱弁で、ちょっと困ってしまうくらいであった。
「待って、待って。わかりました。そこまで言って貰えるなら」
ぼくの頭に母さんの笑顔が三度横切った。大病を経験しているし、もう、いつこの地球から離れてもおかしくない年齢なのである。
ぼくにできる親孝行はなんだろう・・・。この番組は大変だけど、母さんをはじめ待ってくれている人がいる。批判している人よりは、きっと多いはずだ。
「わかりました」
「え? やってくれるんですか?」
「・・・どうしたらいいすかね」
「再開してください。西山義和(ディレクターさん)も恵子(奥さん)も待っています!」
「そうか、そうですよね。わかりました。やります」

滞仏日記「ぼくが嫌いな人には残念な知らせ、でも、母さんにとってはいい知らせ」



ということで、前置きが長くなったのだが、ぼくは「ボンジュール、辻仁成のパリごはん」を再開することになってしまったのである。
電話を切った後、よく考えた。無理をしない素の辻さんでいい、とLさんが言ってくれたので、無理しない範囲でやればいいじゃないか・・・。
やはり、待ってくれている方がいる、そこには母さんもいるのだ。最後の親孝行かもしれない。
ぼくは弟に、メッセージを送った。「また、やることになったよ」と。
すると、弟から、「よかった。母さんの喜ぶ顔が浮かぶよ」とメッセージが戻ってきた。
気が付けば、こんなロートルなぼくだけど、周囲にいる皆さんの好意や善意に支えられて生きているなあ、と思う、春の一日であった。
ということで、ぼくは急転直下、またしても、あの番組の撮影を続けることになったのである。
「ボンジュール、また、お会いしましょう」

つづく。

滞仏日記「ぼくが嫌いな人には残念な知らせ、でも、母さんにとってはいい知らせ」

ということで、今日も日記を読んでくださって、ありがとう。


それから、父ちゃんのライブなのですが、・・・まだ、結論は出ておりませんが、日程はここしか、ぼくが出来ないので、これでフィックスという感じになりそうです。
8月8日がどうやら、関西のどこか、らしいという情報。
8月12日が関東のどこか・・・。
さあ、サンクリの中原さんからの連絡を待ちつつ、皆さま、かっるーく、日程確保、お願いいたします・・・。
さらに、NHK「冬ごはん」の再放送が決まりました。
NHKBSプレミアム 「ボンジュール!辻仁成の冬のパリごはん」
【再放送日時】 2022/4/19 (火) 14:44~15:43

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