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滞仏日記「風邪が流行している。パリ中で、みんなが咳き込んでいた」 Posted on 2021/11/01 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、息子が不意に咳をしだしたので、すわ、コロナかと思ったが、PCR検査をすると陰性で、どうやら、パリで風邪が流行っているのは本当らしい。
なぜ、風邪が流行っているかわからないけれど、今日、ライブにやってきたリサ(息子の友人アレクサンドル君のお母さん)が、大流行よ、と言っていた。
確かに、みんな風邪をひいている。そういえば、近所のスーパーの店員さんも、近くのカフェの給仕さんも、今日のライブ会場のバーマンの子も風邪気味だったし、ライブに来る予定だった知り合いの数人が風邪の症状で来なかった。
ドイツやイギリスで再びコロナが感染拡大しているのに、風邪が流行るというのはなぜなのだろう。
コロナが大流行していた時には、風邪をひく人はいなかった。縄張りがある?
ぼくは、今日、息子のために生姜うどんを作って食べさせた。
喉に優しいし、風邪には生姜が一番だからである。

滞仏日記「風邪が流行している。パリ中で、みんなが咳き込んでいた」



昨日のNHKBS「ボンジュール、辻仁成の秋のパリごはん」の感想が今日、たくさん、ぼくのもとに届いていた。
「息子さんのカルボナーラ、美味しそうでした」
この意見が一番多かった。
ライブのあと、そこに集まった友人たちと少し飲んだ。
誰だったか、忘れたけど、
「カルボナーラがよかった」
と同じような感想を口にしていた。カルボナーラ、確かに、美味しかった・・・。
素直に、嬉しいけど、それ以外に何が視聴者の皆さんの心に残ったのだろう、と思った。
ライブの最中にも、ぼくは息子のカルボナーラの話しをした。
在仏の彼らはNHKの番組を見てないのに、息子+カルボナーラ、というキーワードに受けていた。
息子とカルボナーラという組み合わせがみんなの心にフックするのだろう。
ライブのあと、残った一部の仲間たちがギターをひいて、歌いだし、宴会となった。
その中に井上陽水さんのお孫さんがいて「ダンスはうまく踊れない」を歌ってくれた。ぼくの歌なんかより、ずっと純粋で、素晴らしかった。

滞仏日記「風邪が流行している。パリ中で、みんなが咳き込んでいた」



ご主人をコロナで亡くされた知り合いが会場にいらして、その人と久々に会えて、そのご主人(画家)の話しが出来たことがぼくには、なぜか、救いでもあった。
生きている間に、精一杯生きなきゃね、とその未亡人と少し話しを交わせた。
亡くなった人を忘れないことが、その人を生かすのである。死者は生きる人の中で生きている、と思った。
ぼくは歌を通して、人生の生きる、を学んでいる気がした。
あと、やはりコロナで亡くなったデザイナーのKENZOさんの知り合いもいて、KENZOの話しが出来た。もういないその人のことを語ることの不思議・・・。
コロナが残した爪痕の心の整理をしている時期なのかもしれない、と思った。
陽水さんのお孫さんに、なぜ、今、パリにいるの? と聞いたら、自分探しをしています、という返事だった。別の誰かが、辻さんはなんでパリにいるんですか、と訊いてきた。
「なんでだろう。望んでもいなかったのに」
いつもこの問いかけに、上手にこたえることが出来ない。
「人間って、なぜ、とわかって行動している人がどれくらいいるんだろうね」
ぼくは、自分がパリで生きている理由がわからない。でも、パリで生まれた息子を育て切るまでは、ここにいないとならないのは間違いない。
「なんで、今日、ZOOを歌わなかったの?」
次にその質問を受けた。
「歌いたくなかったんだよ」

滞仏日記「風邪が流行している。パリ中で、みんなが咳き込んでいた」



家に戻ると、息子は友人たちとネットゲームをやっていた。咳は止んでいて、どうやら、大事には至らなかったようである。
使った食器がキッチンのシンクの中にあったので、洗って、食洗器に入れた。冷蔵庫をあけて、野菜とあげ豆腐をケチャップとトーチーで炒めて食べた。
いいライブが出来たのに、なんで、今一つ気分があがらないのか、自分にはわからない。YouTubeライブは自分には向かないかもしれないな、と思った。
コメントが歌っている時に読めないストレスも大きかった。
それはバスツアーの時にはなかった気持ちで、そうか、あれは観客が目の前にいないから、カメラの向こうにいる皆さんに向かって語りかけていられるからかも・・・。
今日のように、有観客で、しかも、YouTubeライブも、となると、・・・。
「いいコメントでしたよ」
とスタッフさんに言われたのに・・・。
自宅で、お客さんが目の前にいないライブだったら、また違ったのかな。
ま、ぼくは古い人間なんだろう。
そんなことを感じた一日だった。
「自分に嘘をつかない人間でいたい」
ぼくはみんなと別れる時に、そう思ったのである。

滞仏日記「風邪が流行している。パリ中で、みんなが咳き込んでいた」



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