JINSEI STORIES

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」 Posted on 2022/05/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、NHKBSの番組に出てくれた人々を拙宅に招いて、感謝祭的な意味あいと、まだ番組が続きそうなので決起集会の意味も込めて(勝手に)、アドリアン夫妻とカメラマンのピエールたちに、ごはんをふるまおうと企画していた。
しかし、直前になって、アドリアンに仕事が入り、ドタキャンとなったことは先の日記でご報告をした通り・・・。
ところが今日になって、不意にアドリアンから、今日なら時間があるけど、レストランでも行くか、と午後3時に連絡が飛び込んだ。
今かよ、と迷ったけど、レストランというのも味気ない。それに、感謝祭なので、我が家でやるのが筋というものじゃないか。
簡単なものしかないが、うちでやろう、ということになった。
ピエールに電話をしたら、
「俺はいつだってスケジュールは君のものだ」
とわけのわからない返事がもどってきた。やれやれ。

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」



NHKの制作会社の人たちに「急遽、やることになりました」と連絡をいれるのはやめた。というのは、「カメラは二台で回してほしい」などと細かい注文が来るに決まっているからである。
そんな時間はない。
残念だけれど、番組のための感謝祭ではなく、今まで忙しいのに出演して貰ったことへのお礼なので、撮影は二の次、ということにしなければ失礼である。
番組スタッフが誰もいないのだから、当然のことながら、過去三回の番組のお礼がまだ出来ていない。そういうこともぼくがやらないとならないのが、自撮り番組の大変なところだ。
息子をいれて、5人分の料理を今から、二時間で準備しないとならないのである。
「春ごはん」分の撮影データは全部、すでに渡した後だし、「今回はこれで大丈夫」という連絡を貰っているので、ま、撮影しないでもいいだろう。
まず、感謝をするのが日本人の礼儀というものである。視聴率よりも・・・、
ぼくは冷蔵庫と相談をした。
一昨日、買ったサーモンを麴漬けしてあった。それは使える。
卵、サーモンの燻製、トマト、パセリ、鶏肉、それから野菜室には根菜がいろいろあった。
早速、ロジェの肉屋に買い出しに出かけた。
ロジェは過去三回の番組でも毎回、出演してくれている肉屋さんだから、彼にも参加する権利がある。
もしも仕事終わりで、時間があるなら、ちらっと顔を出して貰えませんか、と誘ってみるか・・・。
ところが、店に顔を出すと、奥さんのシルヴィーが浮かない顔をしてぼくを出迎えた。
いつもは笑顔の優しい人なので、ちょっとびっくりした。
「ロジェは入院しちゃったのよ」
目に涙を浮かべている。
えええええ、と驚いた父ちゃんであった。

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」



「どうしたの?」
「前から腰が悪かったでしょ? ついに、立てなくなった。でも、ご存じの通り、彼は仕事が生き甲斐の人だから、動けない自分に腹が立ち、そこからバーンアウトしてしまったの」
「・・・・」
ぼくは衝撃で言葉が続かなかった。バーンアウト・・・。
「心が壊れちゃったのよ。ひとなり、あなたに会いたいと言っていたわ」
あの「ボンジュール、パリごはん」がこうやって、年をまたいで続いているのは彼らアルティザン(職人)の魅力と優しさのおかげでもある。
責任感が誰よりも強く、働き者のフランス人、ロジェ。日本の人はフランス人をどう思っているだろう。ぼくの知るフランス人は、八百屋のマーシャル、肉屋のロジェ、パン屋のヴェロニク、みんな超働き者で、真面目な人たちばかりだ。
彼らを番組で紹介出来たことがぼくのモチベーションでもあったので、ロジェの入院は衝撃的であった。心を病んだ、というのが尚更・・・。
明日にでもSMSで励ますことにしよう。でも、とりあえず、今日は料理をしなきゃ。

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」



買い物をしながら、ぼくは献立を必死で考えた。
「おーい。今日は部下たちを連れて帰るから、恭子、何かうまいものを頼むな」
ぼくが小さい頃、よく父からそういう電話がかかってきていた。
日本は猛烈社員の時代だったから、母さんも仕方なく頑張っていた。
しかし、ぼくの母は手際が良かった。冷蔵庫を覗き込んで、あれとあれとあれが出来る、仁成、肉屋で、あれを買ってきて、みたいな感じだった。
そして実にてきぱきと、豪華な料理を拵えたものだった。(常に食材をストックしていたように思う。とくに冷凍庫には・・・)
ところで、今日はたまたまではあるが、カレーにしようと思って、昨夜、仕込みは終わっていたのである。しかし、カレーライスを出すのは、どうなのか。笑。うーむ。元々、日本の庶民的な料理をふるまう会を計画していたので、手慣れているし、日本食はベストだと思う。
じゃあ、メインはちょっとおしゃれなカツカレーにすればいい。イタリア生まれのカツレツとインド生まれのカレーが日本で結婚をして、カツカレーが生まれた。
今や、パリのオペラ地区ではラーメンに次ぐ、日本の庶民的料理の代名詞となり、大人気なのである。
本場、日本の家庭料理であるカツカレーを彼らにふるまえば、日仏親善に一役買うことが出来るかもしれない。なんのこっちゃ。
ロジェの肉屋で豚フィレ肉を一キロ購入した。
前菜は木箱につめて、前菜BOXにしてしまえば見栄えもいい。
麹漬けのサーモンは「オーブン焼き」にして、柚子胡椒などを添える。
卵とアボカドがあるので太巻きもいいだろう。巻きずしというのはフランス人には人気があるが、太巻きはまだ未知の料理なのだ、笑。ほんまかいな。
ぼくの得意の、フェンネルとサーモンの燻製のサラダを添え、とどめは、両親の故郷、筑後の地元料理、筑前煮を詰めたら、完璧というものであった。
その時点で17時を回っていたが、一目散で飛んで帰り、ロジェのことを気にしながらも、ぼくは大急ぎで、日本の家庭料理を拵えたのである。
ちょっと、いっぺんに書ききれないので、続きは、明日の退屈日記でね。えへへ。

つづく。

滞仏日記「撮影終わったのに、不意にアドリアンがごはん食べに来ると連絡あり、笑」



ということで、今日も、読んでくださり、ありがとう。
お知らせです。

大和書房刊「父ちゃんの料理教室」は6刷が決定、今、帯を新しくしています。笑。
マガジンハウス刊、「パリ、息子とぼくの3000日」は6月30日に満を持して発売予定です。

辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

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