JINSEI STORIES

退屈日記「やなさん再登場、なりさんと作戦会議、相変わらずノートは白紙の巻」 Posted on 2022/05/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリ在住のウェブデザイナー、やなさんの衝撃的な登場は皆さんの記憶にも新しいことかと思う。
前回のDSランチ会議で、いきなりパリ・デビューを果たした通称、やなさん。
みんながスマホで記録しているというのに、ノートを取り出し、しかも、横線を一本書いていた、あの衝撃のミーティングからひと月、・・・ぼくらはパリで新しいプロジェクトを立ち上げるべく、行きつけのカフェで再び向かいあうことになったのである。
会議がはじまってまもなく、やなさんはやはり鞄からノートを取り出し、テーブルに置くと、腕組みをして、口をへの字に結び、二時の方角を仰ぎみた。
おお、相変わらず取り組むぞ感、半端ない。意気込みが伝わって来る。
しかし、会議がはじまって30分が過ぎても、ノートは白紙のままで、ペンが動く気配さえないのだ。
しかし、やなさん、みなさんには実名を明かせないが、フランスの超一流企業の唯一の日本人デザイナーでもある。
能ある鷹は爪を隠す、というがまさに、この男、能あるやなさんなのであった。
「やなさん、ペンが動いてないですが」
「いやあ、考え事をしていました」
「あはは」
この会議、先が思いやられるのである。

退屈日記「やなさん再登場、なりさんと作戦会議、相変わらずノートは白紙の巻」

※ 相変わらず、白紙のノート。このあと、ここに新たな一本線が引かれるが、さすがにそこは写真撮影できなかった・・・。



ぼくらはケヴィンのカフェでワインを飲んで、小一時間、このような無為な時間を過ごしたのだけど、その間にやなさんが熱く語ったのは、ベルリンのナイトクラブの入り口で弾かれたことだけ、であった。
「ベルリンのナイトクラブ? ベルリンに行ったんですか」
「ええ、ベルリンで一番人気のナイトクラブに行って、一時間も並んだんです。で、ぼくの他にもう一人それほどイケてないアジア人のおっさんがいて、その人が入場を許可されたので、ああ、ぼくも入れるだろうな、と思ったら、入口で、ユーはダメって、拒否されました。黒い服を着ていくと入れるってネットに書いてあったのになぁ」
ベルリン一、お洒落な人たちが集まる有名クラブなのである。
こういう言い方は大変失礼かと思うが、漫画の「こぼちゃん」にそっくりなやなさん、筑波大学(?)を首席で卒業し、フランス最高峰の大企業の正社員である。
そのギャップは素敵だけれど、黒い服を着ていけば入れる、と信じているところが真面目過ぎるし、自分を知らな過ぎる。
弾かれても仕方ないと、ぼくは思った。いや、ぼくもきっと弾かれるだろう。
そもそも、なんで、入れると思って、出かけたのか、が謎だった。
「そういうナイトクラブになんで行こうと思ったんすか?」
「あ、いや、家族旅行で、妻と娘(4歳)と三人で行ったんですけど、娘も寝て、夜は自由ですからね、好奇心の扉を開きたくて、行ってみたんです」
「好奇心の扉ですか、家族旅行で娘さんが寝た後に? もしかして、テクノとか好きなんすか?」
「ぼくはミスチルファンです」
ノートに書いた一本線の意味がなんとなく、分かる気がした。
「で、ぼくが落とされた後、通りの反対側の街路樹の後ろから覗いて、どういう奴が入場を許可されるのか、暫くチェックしていたんですけど、ええ、この人が入れて、自分はダメなのか、という感じの線引きなんですよ、衝撃的でした、辻さん、どう思いますか?」
知らんがな!!!!!!!!!
ということで、ぜんぜん、新プロジェクトの会議が進まないのであった。

退屈日記「やなさん再登場、なりさんと作戦会議、相変わらずノートは白紙の巻」

※ 会議よりも、ベルリンのクラブに入れなかったことを永遠と力説するこぼちゃん、あ、間違えた、やなさん。頭を抱えている、編集長の父ちゃんであった。



場所が悪いのかと思い、ラーメンでも食べに行こうか、となった。
大阪は堺で人気のラーメン屋がパリに進出したというので行き、白湯ラーメンを頼んだやなさん。
再び、ノートを取り出し、ラーメンをすすりながら、ペンを握りしめている。
その姿は、まるで昭和の文芸編集者であった。
ベルリン一人気のテクノクラブに入れる感じには見えない。
申し訳ないが・・・。ベルリンを舐めている。
「やなさん、ぜんぜん、会議が進まないですね」
「いや、でも、ぼくは次第にイメージが出来ています」
「マジですか? なんにも話してないし、やなさん、ノート白紙ですけど」
「でも、夏までにはデザインのたたき台を作ります」
「マジすか? それは素晴らしい」
「はい。でも、なんで、ぼくは弾かれたのでしょうね。髪型かな」
ぼくはおでこの広い、やなさんの前頭葉の周辺を見上げた。頭の中に脳みそが詰まっているのがわかる。
ハチが張っているのである。筑波大学なのだから、当然であろう。
奥さんと娘を寝かしつけ、ホテルを出て一人超人気のクラブに行こうと思うこの人の感覚が作家、辻仁成には今一つ理解が出来なかった。
「何を求めてそこへ行こうと思ったのか、素朴に知りたいのはぼくの方ですよ」
「何って、経験したことのない世界を覗きたくないですか? 辻さんは視野を広げたくないんですか?、ぼくの中の好奇心と感受性がさく裂したんです」
「やなさん」
「はい」
「ノート、白紙ですけど、そこは炸裂しないでいいんでしょうか?」
「あはは」
あははじゃねーよ!!!
ということで、ぼくらは美味しい白湯ラーメンをすすって店を出た。
恐るべきやなさんである。しかし、なりさんはやなさんのこと、たぶん、嫌いじゃない。
たたき台のデザイン、お待ちしております~。

つづく。

退屈日記「やなさん再登場、なりさんと作戦会議、相変わらずノートは白紙の巻」

※ ラーメンは美味しかったです。えへへ。



ということで、今日も、読んでくださり、ありがとうございます~。

新刊のお知らせ。
マガジンハウス刊、「パリ、息子とぼくの3000日」は6月30日に満を持して発売予定です。

さらに、
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
________________________________________
【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
________________________________________
【ビルボードライブ横浜】(1日2回公演)
8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
________________________________________
発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

地球カレッジ
自分流×帝京大学