JINSEI STORIES

滞仏日記「息子に三四郎を預けた。どうも息子と三四郎は今一つ馬が合わない」 Posted on 2022/06/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はライブのリハーサルが10区のスタジオであって、久しぶりにバンドマンたち(バイオリンのスーパーマリオ、ベースのホセ・ケンタロック、クラリネットのカオリーナ)と熱くセッションをやった。
「つじさーー--ん。スーパー・マリオでーす」
と相変わらず陽気なバイオリニストのマリオであった。

ところで、そこへ向かう途中、バスティーユ広場の柱に「探し犬」と書かれた張り紙を見つけた。
なんと、三四郎と同じ犬種、ダックスフンドではないか。
「夜にいなくなったので、見つけた人は連絡がほしい」とあった。どういう状況でいなくなったのであろう。首輪とかつけていなかったのだろうか・・・。
ともかく、飼い主にとっては大変なことじゃないか。
想像をして、もしも、三四郎がいなくなったら、と思って落ち込んだ父ちゃんであった。ということで、久々のリハーサルだったが、最初はちょっとそのせいで乗れなかった。
マリオがいつも通り、超絶明るく場を盛り上げてくれたおかげで、最終的にはいい感じに仕上がったのだけれど・・・。

滞仏日記「息子に三四郎を預けた。どうも息子と三四郎は今一つ馬が合わない」



三四郎がスタジオに入れないことを忘れていて、直前に、たまたま授業がなく家にいた息子に委ねたのであった。
17時まで6時間ほど家をあけないとならない。
三四郎は寂しがり屋だから、そんなに長く一人にはなれない。
幸いにも、息子は家でレコーディングをやっているというので、じゃあ、時々、遊んでやって、時々、おやつをあげて、時々、傍にいてやってもらえるか、とお願いすると、いいよ、と快諾を得た。
持つべきものは息子であった。
ところがであーる。
失踪ワンちゃんのことが頭から離れず、心配になり、練習の合間に、監視カメラを覗くと、三四郎がいつもの肘掛け椅子の上で、わんわん、吠えているではないか。
けれどもこっちはリハーサル中だから、どうにもならない。
ちょっとしたら諦めるだろうと思い、練習に戻った父ちゃん。で、次の休憩時に監視カメラを覗くと、れれれ、まだ吠えている。
椅子から飛び降りたり登ったり、十斗の部屋の前で吠えたり、ぼくの寝室の前に行き吠えたり、かなーり、不安定な状態であった。
「パパしゃーん、どこ行ったんだよー」と彼の心の叫びが聞こえた。その上、バスティーユ広場の探し犬の張り紙が頭の中で明滅を繰り返すのであーる。
うわ、こりゃあ、たまらん、稽古にならん。しかし、練習が終わるまで、まだ3時間もあるじゃないかァ。
そこで、息子に、
「ちょっと三四郎がないているから、遊んでやってくれよ」
とメッセージを送った。
暫くすると、
「OK」
と戻って来た。

滞仏日記「息子に三四郎を預けた。どうも息子と三四郎は今一つ馬が合わない」



安心をし、再び、練習に没頭することになる。今回のライブはパーカッションが不在なのだけど、かわりにウッドベースがいるので、リズムの切れが面白い。
うねるようなリズムに、マリオのバイオリンがドラマティックに絡んでくる。やっぱり、音楽は素晴らしい。楽しい。元気になる。
数曲、演奏をした後、コーヒーを飲みに行くふりをして、監視カメラを覗くと、むむむ、息子が肘掛け椅子に座って、三四郎を抱っこしている。
おお、よかった。もう吠えてない。
「どったの?」
スタジオの廊下で、マリオが近づいてきて、ぼくの携帯を覗き込んだ。
これこれしかじかと手短に説明した。
マリオはアルジェリアで生まれたのだけど、イタリア人の今のご両親に養子に出され、最初、ナポリの方で育てられた。その後、家族がフランスに移住した。
彼はいくつも国籍を持っている。アメリカのブロードウエイでも芝居と演奏をやっていたという。ドイツでも活躍をした。世界中を移動してきた明るく優しいバイオリニストだ。
でも、子供時代のマリオの寂しさも想像することが出来る。
彼が奏でるバイオリンの音の根っこに、表の明るさとは対照的な深い悲しみのセレナーデが流れているからだ。
いつもバカばっかしやるマリオだけれど、ご両親に大事に育てられながら、音楽の中に、自分の発露を見つけてきたに違いない。
ミュージシャンというのは、その奏でる音の佇まいでその人の性格が分かる。音楽は言語だからである。ぼくは作家でもあるけれど、世界最高の言語は音楽だと思っている。
三四郎も4か月前にぼくのもとにやって来て、くっつくように、濃厚に、べったりと生きてきた。
彼はぼくのことをパパだと思っている。
息子がぼくを「パパ」と呼ぶので、「パパ」と聞こえると、三四郎はいつの頃からか、パパに反応するようになった。
ぼくはきっとこの子を人間のように大事にしていると思う。
そういうことをマリオにちょっと話した。・・・。

滞仏日記「息子に三四郎を預けた。どうも息子と三四郎は今一つ馬が合わない」



スタジオに戻り、ギターを抱えた時、携帯が「ちん」と鳴った。覗くと息子からで、
「悪いけど、三四郎がぼくの服を噛むから、もう面倒みれません」
とあった。
なんだよ、ちょっとくらい頑張れよ、と思ったけれど、三四郎は確かによく噛む。
デストロイヤーなのだ。
家の壁にはネズミの穴のような三四郎による破壊傷がいくつかある。
息子は服をあまり持ってないので、穴をあけられるのが嫌なのは理解できる。
次の休憩時間に監視カメラを覗くと、案の定、三四郎は肘掛け椅子の上で吠えていた。
練習が終わると、ぼくは楽器をまとめて、自宅へ飛んで帰ることになった。こういう時に限って、大渋滞なのである。
17時半過ぎに家にたどり着き、ドアを開けると、中から、ヒステリックになった三四郎が飛び出してきて、ぼく目掛けてジャンプを繰り返した。
「ああ、そうなの。そうなんだ、そうなんだ、サンシー。えらかったねー、そうなんだ、サンシー。がんばったね」
と犬仲間のヨッシーの声色を真似、一緒にジャンプをして喜びを届けた。
まもなく、床一面が水浸しになった。嬉しすぎると、うれしょん、をするさんちゃんなのである。
この子が不意にいなくならないよう、ぼくはしっかりと三四郎を抱きしめたのだった。

つづく。

ということで、今日も読んでくれてありがとう。
パリでもライブがあるけれど、日本では3年ぶりのライブが8月に開催されますよ。愉しみですねー。愉しみだ。皆さん、会いに来てくださいね。
さて、文章教室のお知らせです。
6月26日、日曜日、前期エッセイ教室の最終回となります。まとめをやりますので、これは、お見逃しなく。課題その他の注意事項など、気になる方は、こちら地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

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滞仏日記「息子に三四郎を預けた。どうも息子と三四郎は今一つ馬が合わない」

※ 息子の夕飯!!! 仔牛のクリーム煮込み&ヒラタケのエシャロット炒めのパスタなりなり・・・。



 
ライブのお知らせです。

辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
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【ビルボードライブ横浜】(1日2回公演)
8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
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発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より
 

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