JINSEI STORIES

滞仏日記「父ちゃんが博多に滞在し続ける一番の理由は親孝行と事務所整理」 Posted on 2022/07/10   

某月某日、息子が今日からパリで働き始める。しかし、まだ知らせはない。ドキドキ。
さて、今日は弟と新福岡事務所に行き、片付けをやった。
秘書の菅間さんが他界し、個人事務所は福岡市に移転となった。
東京のオフィスにあった段ボール箱やフィルムを全部、福岡に持ってきたのはいいが、弟の恒久にはなにがなんだかさっぱりわからない書類だらけ、何せ、辻仁成の歴史博物館のような資料ばかりで、音楽関係(ECHOESから最新作まで在庫CDなど)、出版関係(過去100冊を超える著書のストックなども)、映画関係(映画の35ミリフィルム巻20本くらい、千年旅人、ほとけ、etc)と活動の幅が広すぎて、その分、契約書などの書類も多いので、恒ちゃんには、さっぱり、あじゃぱ~。
事務所は福岡市内の閑静な住宅地(小高い丘の上)にあって、緑に囲まれ、空が広く、ここで暮らしたいと思うような福岡らしい涼しげな場所にあった。
オートロックの頑丈な扉を押して入ると、清らかな風が吹き抜けていく。

滞仏日記「父ちゃんが博多に滞在し続ける一番の理由は親孝行と事務所整理」



事務所の中も思ったより広く、そこに段ボールが30箱くらい、積んであった。一部が開けられていて、恒ちゃんが少しずつ整理している様子・・・。
「兄貴、契約書、コピーとかもあって、ぼくにはなんだか、さっぱり、わからない。どれを捨てていいのか、指示してもらわないと」
ということで、ともかく、この作業にあと10日くらい、ここに詰めて仕分けをやらないとならないのであーる。(人生の後始末ですね)
段ボールをあけると昔の原稿とか、スケッチとか、曲を作っていた時の古いカセットテープとか、どさっと出て来て、ひたすら懐かしい。
辻仁成美術館が出来そうなレベルだけど、美術館作っても誰も来ないよね。えへへ。
大きな押し入れがあって、そこはほぼ映画の35mmフィルムで山積みであった。
ある意味、貴重といえば貴重だけど、これ、どうすんの? 笑。
「兄貴、これ、千年旅人でしょ? 大沢たかおさんと豊川悦司さん、入ってるね」
と弟、笑。入ってる入ってる、と兄。
「これ、ほとけ、でしょ? 武田真治さん入ってるね」
と弟、入ってる入ってる、と兄。
「アカシアもある、アントニオ猪木さん、入ってるね~」
「入ってますね」
「がんばったね、兄貴。もったいないね、いつか福岡の映画館とかで上映できないかな? 回顧展??」
「まだ、おいら、生きてます~」
あはは。
ほかにも、いろいろと過去作のフィルムが保管されているのだけど、果たして、上映できるような状態なのか、そこが、謎である。
「兄貴、小説とかエッセイ集とか見てよ」
ドカッと積まれた段ボール箱を覗くと、ピアニシモとか海峡の光とか冷静と情熱のあいだとか、全部、初版本であった。わ、これは個人的なお宝であーる。
「兄貴、がんばったね」
「ああ、よくもまあ、こんなに書いたよね? 撮ったし、歌ったもんだ」
あはは。

滞仏日記「父ちゃんが博多に滞在し続ける一番の理由は親孝行と事務所整理」

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二人で、床に座って、段ボールを開けながら、過去を振り返った。
ここはもしかして、辻仁成のタイムマシーンなのかもしれない。箱を開けるたびに、ぎゃああ、懐かしい、と大声が出てしまう兄であった。
ぼくは西高宮小学校に通っていた。ここから割と近い。
だからであろうか、古い記憶が揺さぶられるのであった。
ぼくらは午前中、昔日の光を眺めながら、作業をしたのである。
「母さんは?」
「あ、お友達と大丸デパート。買い物とかランチとか」
「いいの?迎えにいかないで?」
「あの人、87歳だけど、元気でね。兄貴が福岡にしばらくいるから、張り切ってるよ」
「張り切ってる? 何を?」
「なんか、美味しいものを作るって」
あはは。
実は事務所の片づけをしつつ、ぼくは親孝行大作戦を考えている。
こんなに長く、福岡にいるのだから、ちょくちょく母さんにあって、コロナの3年間、会えなかったその不在分を、親孝行で返さなきゃ・・・。
「まだ、生きてたね」
「死なないよね、あんなに元気なんだもの」
「君が毎日、散歩連れてって面倒みてくれてるおかげで、ぼくはこうやって飛び回って仕事が出来ている。ま、ありがたいね」
「いいよ、ここはぼくが守るから、兄貴は死ぬまではっちゃけてよ」
「お前、誰か探せよ」
「いいよ、もう、母さんだけで」
「でも、まだ先は長いから」
「いないし」
「いるでしょ?」
「いないよ」
「探せよ」
「うるさいな」
「探してやろうか?」
「余計なことすんなよ。迷惑だから」
あはは。

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「なんか、十斗が今日から高級レストランで給仕のアルバイトするんだよ」
「あ、日記に書いてあったね。大人になったよなぁ。ガストロノミーってやつね」
「うん、オールバックで、お客さんにシャンパンとかそそぐんだよ」
「ひゃあ~、あんなにちびだったのに、大丈夫なの?」
「フルートグラス倒して割って初日でクビかもね?」
あはは。
弟はぼくの息子にとってはおじさんなのである。子供のいない恒ちゃんにとって、十斗はなんとなく息子のような存在でもある。
「大学3年になったら、日本に留学すると言っていた」
「まじか」
「九州大学とかいいかもね」
「ああ、じゃあ、それまで母さんを生かさないと」
「楽勝でしょ、恭子百まで」
あはは。

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ぼくらは映画や音楽の契約書を一つ一つ、仕分けしながら、作業を続けた。
こういう時間が長いことなかったから、不思議な気持ちである。
小学生の時のことを思い出した。
福岡市に事務所が移転したことで、福岡も新たに一つの拠点になるのかもしれない。いずれ、老後とか、ここでも暮らしたいな、と一瞬、思った父ちゃんであった。

つづく。

ということで、今日も読んでくださって、ありがとう。
弟とその後、昼食を食べに行ったのだけど、ふらっと入ったお寿司屋さんがまたまた、美味しかったのです。そもそも、アナゴとか、コハダとか、フランスにはないから・・・。
さて、父ちゃんからのお知らせです。
なんか、今朝の王様のブランチで新刊「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が紹介されたようで、5位、でした。ぱちぱち。5位。数字に弱い、意外な父ちゃん。
じわじわと読まれているようなので、嬉しいですね。
そんな父ちゃん、7月28日に、都内某所からオンライン小説講演会を開催させて頂きます。一度は小説を書いてみたいなぁ、小説憧れるなぁ、書きたい、と思われる皆さんを対象にした講演会です。(抽選で40名の皆さんを現地にご招待します)小説教室の導入的な、ぼくがどうやって小説家になったのか、作家になるまでのいろいろ、そして、ちょっと小説の書き方のヒントなど、をさらけ出したいと思っております。
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