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滞仏日記「母さんに美味しいご飯を作りに行った父ちゃん、母さんが超うるさい」 Posted on 2022/07/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は母さんにご飯を作りに行った。
なんでも、頼まれごとをしたとかで、一晩でポシェットに縫物をしないとならなくなり、徹夜に近い作業となり、体調を崩し寝込んだ、というので、心配で、美味しいものを作ってあげようと、まずは、午前中、宿の近くのスーパーで買い物をしてから向かった。(日本のスーパー、すごい。当たり前のことだけど、明太子とか、豆腐とか、おしんことか、種類が豊富で、羨ましい)
それが、「食欲はある」というので、「なんが食べたいと」と訊いたら、「お肉」というのでお肉を探したら、なんとフランスで超高級の和牛ランプ肉が「半額」セールになっていた。
ちょっと賞味期限ぎりぎりな感じだったが、炒めるから問題はないので、一番安いのを買った。
フランスでも最近、「WAGYU」が出回っているが「和牛」ではなく「WAGYU」!
オーストラリアとかスペインの霜降り肉のブランド名なのかなぁ。(正直、欧州で出回っているものと和牛は似て非なるもの)なので、日本で本物の和牛がこの値段って、信じられなーい。
1200円の和牛180gが600円だった。安いのか、高いのか、父ちゃんには正直分からない。でも、和牛だものね。
玉ねぎ、エリンギ、トマト、などを買い込んで、さっそく実家へ。(実家といってもぼくの家なのだけど、ぼくが寝る部屋はない。でも、十斗の部屋はある、笑)
「大丈夫?」
「うん、もうよか。心配かけたね」
「肉、食べれると?」
「わたし、お肉好きなのよ。お肉は別腹。お兄ちゃんが料理しに来てくれるっていうから、元気になったと」
あはは。
「まずは、ほとけさんにご挨拶ばせんね」
ということで、ぼくはお仏壇に手を合わせたのだった。
「父さん、十斗が大学に受かったよ、父さんのおかげだね、ありがとう。母さんも長生きしているから、見守ってやってください。ぼくは大丈夫だから、その分、日本や福岡やみんなをよろしくお願いします」

滞仏日記「母さんに美味しいご飯を作りに行った父ちゃん、母さんが超うるさい」



ということで、ご先祖様にご挨拶をしたので、さっそく、キッチンに立った、ら、誰かが覗いている。ん? 座敷童か、あら、母さんであった。
「寝とき」
「そうったいね。はい、そうさせてもらいます」
母さんは、頷きながら、自分の寝室へと戻っていった。遠くで、弟が怒っている。うろちょろしたらいけんって。笑。
で、お湯をわかして、材料を並べていると、また、気配。ちらっと横を見ると、母さんがキッチンのドアの隙間から顔出して、じーっとこっちを覗いている。
「母さん、なに?」
「いや、なんかね、わるかね、迷惑をかけてからに、今日は、何を食べさせてくれるとやろか。楽しみでしょうがないとよ」
「体調はもういいの? お肉本当に大丈夫なの?」
「量は食べきれんし、硬いのは噛みきれんけん、柔らかく出来ると?」
「うん、そうする。そっちで休んどき」
「そうったいね、はい、そうさせてもらいます」
ぼくは野菜を細切りにし、フライパンで炒め出したのだが・・・、また、気配が・・・。
母さん・・・・。
「あら、いや、あのね、手伝うことないよね・・・、失礼しました」
「ソファで、休んどき、そこでうろちょろされると集中できんけん」
「そうったいね、じゃあ、そうさせてもらいます」
お湯が沸いたので、パスタを投入。ま、少なめに、アルデンテにはせず、柔らかめに茹でることにした。お肉を炒め、トマトソースを作り、オリーブオイルにニンニクと唐辛子の香りを移していると、あらら、またまた座敷童の気配・・・
「母さん!」
「あら」
「あらじゃなかでしょ。恒ちゃんと野球みとかんね」
「いや、なんか、お前がそこで料理しとるとに、ソファで寛いでいたら罰があたるっちゃないと? なんか、手伝うことなかね?」
「ないよ。あっちでおとなしくていて貰った方が助かるったい」
「そうったいね、はい、じゃあ、そうさせてもらいます」

滞仏日記「母さんに美味しいご飯を作りに行った父ちゃん、母さんが超うるさい」



というのだけど、2分後には、覗きに来て、うろちょろしている辻恭子であった。
今日の料理はぼくの得意なダブルソースのステーキパスタである。
トマトソースとアイオリソースの二種類のソースがかかっていて、混ぜると二倍のうまさ。
塩胡椒とガーリックの利いた、超柔らか和牛炒めが上にどんと載っているのであーる。
あと、母さんは赤ワインが好きなので、ちょっと飲みやすいのを用意した。
「出来たよ」

滞仏日記「母さんに美味しいご飯を作りに行った父ちゃん、母さんが超うるさい」



「あら、もう、よかとか。すまないねー。フランスから来てこんな料理をしてもろうてからに、でも、お兄ちゃんの料理は美味かし、あんたがテレビでよく作りようやろが? あれが母さんの周りで人気で、生きていてよかったな、って、こうやって食べることが出来る幸せ、お前を生んだものの特権ったいね、ありがたや、ありがたや、長生きするもんたいね、ほんなこつ」
というようなことを永遠と自分に向けて喋っている母さんであった。
「うまかーーー」
一口食べたら、母さんが絶賛してくれたので、嬉しくなった父ちゃんである。
「美味しい」
恒ちゃんも喜んでいた。家族三人、水入らずの昼食であった。
ただし、食べ終わったら、急に疲れが出たみたいで、ベッドに行って寝込んだ母さん。
しばらく起きてくるのを待ったけど、ぐっすり寝ていたので、一度、ぼくは仕事に戻ることになったのである。87歳だからね・・・。
「また、すぐ、作りに来るからって、言っといてね」
「わかった。気を付けて」
出張料理人は博多の宿に戻るのであった。

つづく。

今日も読んでくださって、ありがとうございます。
この夏休み期間中、福岡を舞台にした長編エッセイをここで集中連載しますので、楽しんでくださいね。ぼくは事務所の掃除とか整理を頑張ります。それが終わったら、東京に行き、バンドの練習からのビルボードライブ・・・。あ、7月28日は都内某所からオンライン・小説講演会をやります。8月に、「誰だって簡単に一冊は書くことが出来る小説の方法」のような小説教室も計画中。書くことは楽しいですからね。敷居を下げて、肩ひじ張らず挑戦してみてください。ぜひ、レッツ・トライ。
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あ、三四郎は元気みたいです!!! 笑。

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