JINSEI STORIES

滞仏日記「勝ち組を名乗る人とZOOM会議で物別れ、笑、お疲れ様でした」 Posted on 2022/09/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、とある人に自慢をされた。
「辻さん、俺なんか毎年、億単位の税金をおさめているんですよ」
ZOOM会議の中でのことで、その人とは、初対面ではなかったけれど、一緒に仕事をするのは難しそうだ、とその瞬間に思った。たしかにその若さ(40代かな)でお金を稼いでいるのは凄いことかもしれないが、負け惜しみじゃなく、価値観が違う。
(友だちにはかわりないんですけど、すまんね)
「辻さん、ぼくもクリエーターの端くれとして、勝ち続けることがどんなに大事か知っているんですよ。辻さんはプロだから、わかってくれますよね? 勝ち組で居続けることの大変さを・・・」
ぼくは、「残念ながら、分からないね、もう、年寄なので」とお答えをした。
ぼくの発言で、場は白け、プロジェクトはほぼ空中分解となった。しょうがない。
その人がダメということじゃない。自分とは考え方が違い過ぎる、という、ただ、それだけのことだ。

滞仏日記「勝ち組を名乗る人とZOOM会議で物別れ、笑、お疲れ様でした」

※ ぼくはたまに悪魔が見える。



その後、ぼくは三四郎と散歩に出た。
そして、公園の緑を見上げながら思った。
たぶん、ぼくはもう、年を取りすぎたのかもしれないね、と三四郎に向かって、呟いた。勝ち組とか、勝ち負けとか、よくわからないのだよ。ぼくの人生は山あり谷ありだった。山にもいろいろとあったし、谷にもいろいろとあった。どん底の時もあったし、何をやっても運のいい時もあった。でも、気が付くと、それらは全部、全部、つながって、一つの更地だったように思う・・・。
三四郎、今ね、振り返ると、そこには山も谷もない。
歩いてきた道のりがあるだけで、あれが山だったのか、あれが谷だったのか、とは思うのだけど、それがどこにあるのか、もうわからないんだ。
ずっと山を登り続けることはできないし、ずっと谷の底もつら過ぎる。
長い目で、人生を見つめていくと、勝ち組とかいうものは、蜃気楼でしかない。
人間の世界では、昨日、トップだった人が警察に掴まって次の日には犯罪者になることがある。
欲をかきすぎてもいけないし、でも、夢や、ちょっとの野心があった方がいいだろうし、ただ、思うのは、ダメな時にこそ、ぼくがあった、ということだよ。
厳しかった時こそ、ぼくは本当の自分を見つめることが出来た。
その自分を今は大切に持って生きていて、いつ、厳しい状況になってもいいように、今は一喜一憂せず、無理をせず、毎日を丁寧に生きようと心掛けているんだ。

滞仏日記「勝ち組を名乗る人とZOOM会議で物別れ、笑、お疲れ様でした」

※ 疲れた時はフルーツでもよい。



そんなことを、三四郎に向かって言い聞かせている頑固な父ちゃんなのだった。
若い人たちにはがっかりさせてしまったかもしれないけれど、そもそも、年齢なんか、関係ない。
ぼくは、自分の創作を続けていくことにしか、今は興味がない。だから、今日、仕事をお断りしたのは賢明だった、と思う。
すると、三四郎は何も言わなかった。
それは犬だから、当然だろう、とあなたは思うかもしれない。いいや、そうじゃない。そこにいるのは子犬だけど、子犬はぼくを映す。
子犬の目を見て、ぼくは自分の愚かさによく気づかされる。これが大事なことなのだと思うのだ。

滞仏日記「勝ち組を名乗る人とZOOM会議で物別れ、笑、お疲れ様でした」

※ 疲れた時は、無邪気なものを見つめる。



つづく。

今日も読んでくれて、ありがとう。
ま、無理をしないこと、あまり、欲を出さないこと、「今日」と「自分」を大事に生きることですね。
さて、父ちゃんからのお知らせです。
NHK・BSの「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」の編集が最終局面に入ったようで、ディレクターの義和氏から、いろいろと質問(言語チェックなど)が届いています。断片的に見た感じでは面白そう。(他人事のような言い方ですが、すでに秋冬ごはんの撮影に入っているので、遠い昔のようで、懐かしい感じがしました。えへへ)
まず、この19日に「春ごはん」の再放送があり、23日の金曜日に、いよいよ新作「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」の本放送となります。(Lさん曰く、エッフェル塔の映像が見ごたえあるようです! これは本放送のみ)
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■「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」
 本放送:2022/9/23 金曜日 22時〜22時59分
■「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022 春」
【再放送日時】2022/9/17 (土)前11:00~11:59<BSP-4K同時>
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そして、もう一つ、大事なお知らせです。笑。
小説教室、第二弾を、9月24日(土)に開催いたします。一度は小説を書いてみたいけれど、小説の敷居が高く感じて、なかなか書けないとお嘆きの皆さまに、わかりやすい、父ちゃんの小説講座です。愉しみながら、小説を書いちゃいましょう。
今回の課題のテーマは「食」「食べるもの」「食について」の小説です。「一杯の掛け蕎麦」のような食べることをモチーフにした掌編小説、もしくは長編小説の冒頭を、原稿用紙10枚以内で。締め切りは9月20日。書き始めてくださいませ。詳しくは、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

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