JINSEI STORIES

滞仏日記「夜ご飯食べに帰ってもいい? と息子から電話が・・・」 Posted on 2022/09/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日から、フルアルバムのレコーディングが、パリ、20区のロブソン・ガリアノ氏のプライベートスタジオではじまった。
今回のアルバムは、ECHOES時代の代表曲を中心に、セルフカバー集となっている。
で、三四郎を家で一匹にはしておけないので、連れてきてしまった・・・。
拙著「父」(mon pere)の舞台になったメリルモンタンというメトロの駅の傍の集合住宅のアパルトマンが、ロブソンの住宅兼スタジオであった。
今日はピアニストのエリックを招いて、「友情」「アローン」「ラッタッタ」などを録音した。
それにしても、よく喋る。
ロブソンはブラジル系フランス人だが、仕事をやっているよりも、喋っている方が多い。ワーカホリックな父ちゃんはどんどん進めたい。なのに、お茶ばかり飲んで、雑談が続く、ちょっとイライラ・・・。
映画監督のゴダールさんがスイスで安楽死を選んだそうで、その話題で一時間は、議論が続いた。
その後、エリザベス女王とその孫たちの話に飛び火して、次の一時間が過ぎた。
ぼくは珍しく、途中で、寝落ちしてしまったのだ。
長いぼくの音楽人生の中で、レコーディング中に寝落ちしたのは初めてのことであった。

滞仏日記「夜ご飯食べに帰ってもいい? と息子から電話が・・・」



最近、夜になると咳が出るので、(コロナではない)体力が落ちているのかもしれない。ちょっと働きすぎなのである。深夜に、映画の編集もやっているしね・・・。
ロブソンの仏語も右の耳から左の耳へと駆け抜けていく。日本語だと、わかる? とか、せやろ? みたいな「ちゅば」という単語を連発するので、頭の中が「ちゅば」「ちゅば」「ちゅば」でいっぱいになって、マジ、きつい。
寝ていた父ちゃんは不機嫌に、
「あのさ、うるさいんだよ。はよ、やれや、いい加減」
と珍しく悪態をついたのだけど、ロブソンにわかるはずもなく、
「いえーす。ないすー」
とぼくの文句を上機嫌に受け取って、ますます、疲れ果てた父ちゃんであった。
でも、ロブソンはいい奴なのだ。
今日は彼の息子のビクターから電話がかかって来た。
「あ、息子からだ。ちょっとすまん」
エリックがピアノを弾いていたのだけど、終わるのを待てずに携帯を耳に押し付けていた。
「やあ、元気? 今ね、渋滞中なんだよ。ほんと、車がうざくて」
太い男性の声がロブソンの携帯から、漏れてきた・・・。大きなお子さんがいる。
「マルセイユにいる息子からだ。すまん、すぐ切るから」
と言って、そこから10分、レコーディングは中断。
ロブソンはなんと、息子と雑談をはじめたのである。
エリックは仕方なく、窓の外を見ていた。ぼくは再び寝落ち・・・。
渋滞で暇な息子とレコーディング中に長話をするプロデューサーって、どうなの?
「今ね、パパはレコーディング中だから、明日、また電話するよ。いいだろ?」
10分も話してから、言うことか・・・。
しかし、こっちの人たちは本当に子供との会話を大事にする。うらやましいくらいに子供に愛されているロブソン。いい家族だな、と思った。
すると、今度はうちの息子から電話が入った。

滞仏日記「夜ご飯食べに帰ってもいい? と息子から電話が・・・」

滞仏日記「夜ご飯食べに帰ってもいい? と息子から電話が・・・」



二日続けての連絡である。普段、連絡のない息子、・・・気になったので、慌てて携帯をとった。
「どうした?」
「あ、パパ。今日、夜、家で食べてもいい?」
「え? あ、今、ロブソンのところでレコーディングしてるんだよ。今日は遅くなる」
「そうか、・・・」
「どうした? なんかあった?」
「いや、なんか、もう、ごはん作るのに疲れたんだ。毎日、料理しているからさ。何作っていいいかわからないし、家に帰りたいなって」
気持ちがよく分かったし、寂しい父ちゃんだったので、超嬉しかったのだけど、この雑談男(ロブソン)がなかなか話し終わらないので、夕食は作ってやれそうにない。
「明日でもいいか?」
「明日、バイトがある」
「そうか。でも、ランチでもいいんじゃないの?」
「うん、そうだね・・・」
元気がない。なれない一人暮らしが寂しいのであろう。父ちゃんも息子ロスだったから、ごはんを作ってやりたいけど、今は、出来ない・・・。ううう。
「ちゅば? ちゅば? ちゅば?」
ぼくの横で、ちゅば野郎が笑顔で喋りまくっている。
おとなしいエリックも困っている。
このレーディング、これから一月もこのペースで進むのか、と思うと気が気ではない。
「明日、おいで」
「うん」
と言い残して、息子からの電話は切れた。
ロブソンの膝の上で、三四郎が寝ていた。
おしゃべりな男だけど、優しい人間だということが犬にはわかるのである。

滞仏日記「夜ご飯食べに帰ってもいい? と息子から電話が・・・」



つづく。

ということで、レコーディングも無事にスタート。早く、喉を直して、いい歌を歌わなければ・・・。約一月間、ぼくは三四郎と20区におりますので、周辺の皆さん、よろしくお願いしたしますです。ちゅば!!!
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