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滞仏日記「あなどってた。一人じゃ無理だ、気管支炎の身で引っ越しだなんて」 Posted on 2022/09/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、引っ越しはなんか、なんとかなるだろう、と高を括っていたが、気管支炎になり、三四郎もいるし、息子はいないし、咳き込みながら、朝から段ボール箱に荷物を詰めていったのだけど、じぇんじぇん、進まない、侮っていた。
あなどっていたああああああ!
これは、無理だ、と気が付いてしまった。今更・・・。
今日は1時から新世代賞の公開審査会もあり、体調不良ながら参加した父ちゃん、素晴らしい審査会になった一方で、どんどん奪われていく時間、。。。
間に合わないことがその直後に判明した。
遊んでよーと騒ぐ三四郎、かわいそうだから、遊んであげると時間が奪われ、おお、じぇんじぇん、進まにゃーい。
一応、引っ越し楽々パックみたいな、食器とか衣服は片づけてくれる超便利コースを選んでいるのだけれど、それでも、数千冊の本などは、自分でやらないとならない。
資料や楽器や機材やCDとかビデオとか文具とかワインとかウイスキーとか日本酒とか、笑、めっちゃくちゃあるのだ。
じぇんじぇん、引っ越しの準備が出来ないのであーる。

滞仏日記「あなどってた。一人じゃ無理だ、気管支炎の身で引っ越しだなんて」



今日、段ボール詰め出来たのはわずか5箱であった。段ボールは60箱ある。
地下室はまだ手付かずだし、実際、引っ越しの日に、業者さんがやって来て、この状態をみたら、なんというだろう。
ぼくは、病気になり(気管支炎がこじれて肺炎みたいな状態になっている)期日に引っ越しが出来そうにない、と運送会社にメールを送ることになった。
え? そんなこと、出来る? 
いや、でも、ぼくは実際、病気だし、処方箋もある。
実際、利用者の中にはコロナに罹ってしまう人もいるだろうし、そういう人はどうするのだろう、と思った。
オンラインの審査会は出来ても、引っ越しは、無理であろう。
しかし、引っ越しの変更は簡単ではない。
仮に引っ越し業者さんが変更してくれたとして、次の問題は大家さんだ。9月30日までにぼくはここを出ていかないとならない。
しかし、病気なのだ。
それに、過去2年間(詳しくは、昔の日記に譲ります)、この家では5回もの水漏れがあり、そのうち二回は、大規模なもので、天井が剥がれ落ちた。
そのせいで、漏電もあり、現在、食堂の電気がつかない。
階段の壁には大地震後のような甚大な亀裂も入っている。
仲良しの不動産屋さん曰く、「すぐには貸せない物件よね」と言っていた。
コロナの厳しい期間中、ずっと我慢をしたぼくからのお願いを無下にするような大家ではないだろう。しかも、ぼくは病気なのだ。病気なのであーる。
気管支炎をこじらせ、もしかしたら、肺炎になるところだった。
昨日は救急病院に行かなければならなかった。今、無理をして、本当に肺炎になったら、誰が責任をとってくれるというのだ!!! 誰だ!!!

滞仏日記「あなどってた。一人じゃ無理だ、気管支炎の身で引っ越しだなんて」



作家なので、翻訳機を使って、心に訴えかける、涙、涙、涙、のメール文を書いて、送りつけてしまった。はい、送り付けてしまったのであーる。
「ぼくはあなたに一度と文句を言いませんでした。でも、ここでの暮らしはいい思い出ばかりではありませんでした。壁から滴り落ちる水滴、いや、溢れ出るような勢いでの水漏れ、そのせいで受験生の息子のパソコンが破損したり、天井が崩落したり、漏電で電気が消え、あわや、感電死さえしそうになったのです。家から出ることのできないコロナ禍のあの厳しい時期に、ぼくは息子と二人で、本当につらいフランス生活を強いられたのです。あなたのせいではないことはわかっています。しかし、その長い精神的な苦痛のあげく、精根尽きたぼくはついに、気管支炎に見舞われてしまったのでした。それが肺をも痛めつけており、熟睡できない日々がすでに3週間以上続いています。ああ、苦しい。本当に苦しい。もうすぐ、10月4日に、63歳の誕生日を迎える、決して若くない身ですが、男手一つで、息子を育て上げ、ついにその愚息も、フランスの大学に合格したのです。その安堵から、ぼくは気管支炎になったのでした。そこで、親愛なる大家様、お願いがあります。数日、引っ越しの延長をお願いできないでしょうか? 9月30日が期日だとは分かっておりますし、なかなか難しいことだとも承知しております。幸い、不動産屋のアンヌ・マリー氏から、大工事をしないと次の人には貸せない、とあなたがおっしゃっている、という裏情報を得ております。日割り家賃は支払わせて頂きますので、ご検討いただければ、幸いです」

滞仏日記「あなどってた。一人じゃ無理だ、気管支炎の身で引っ越しだなんて」



月曜日にならないとどうなるか、わからないが、ぼくは可能だと踏んでいる。
10月4日のぼくの誕生日までここを日割りで借りることが出来れば、なんとか、気管支炎も完治しているのではないか、と思うのだが・・・。
賽は投げられた。ぼくは病気なのだから、絶対、わかってくれるはずだ、フランス人は優しい人たちだから、と言い聞かせて、今日はここで筆をおくことにする。

つづく。

今日も読んでくれて、ありがとうございます。
ごほごほ。本当です。ぼくは本当に気管支炎がひどいんです。信じてくださーい。えへへ。
さて、そんな可哀想な父ちゃんからのお知らせです。
早くも「夏ごはん」の再放送も決まりました。本放送をお見逃しになった皆さまもいらっしゃると思いますので、どうぞ、ご覧ください。楽しいですぞ。
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●「ボンジュール!辻仁成のパリごはん 2022 夏」(59分)
【再放送日時】2022/9/27 (火)23:00~23:59<BSPのみ>
       2022/9/27 (火)17:00~17:59<4Kのみ>

そして、そして、10月31日にオンライン講演会「プロの編集者から学ぶ。物書きを目指す方々への最強アドバイス」を開催いたします。そうなんです。父ちゃん、映画がついに完成をするので、10月の後半からまたまた日本出張になります。気管支炎、治さないと。
今回は、辻仁成のエッセイ集「息子とぼくの3000日」や、小説「孤独にさようなら」を担当した現役担当編集者2名を招いて、編集者サイドから考える、作家のあり方、物書きになるための方法、学習の仕方、その道、新しい書き手へ向けての編集者側からのアドバイスなどを、オンライン講演会形式でお送りいたします。父ちゃんが物書きへの道をいつものように熱血に語りつつ、その都度、お二人にご意見を聞いて、より、深い内容の文学講座にさせてみせます。ごほごほ。本当に一つ上の書き手を目指される方々に必要な講座となることでしょう。えへへ。
同日、都内某所の特別教室にご出席希望される方から抽選で40名の方をご招待させて頂きます。
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地球カレッジ

滞仏日記「あなどってた。一人じゃ無理だ、気管支炎の身で引っ越しだなんて」

ふー、つかれた。



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