JINSEI STORIES

第六感日記「昨夜もやって来た老女の霊、成仏してください、と諭した」 Posted on 2022/10/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくはよく霊体に立ち寄られる。霊感が強いから仕方がないのかな。
幽霊を怖がらないので、そこも面白がられるのだろうか? 
引っ越し先では、田舎もそうだったけれど、最初の一月くらいは、お互いの霊的波動の交換が続く。
引っ越すたびにだいたい、ぼくという人間をチェックにやって来るのだ。
しかし、善良な霊ばかりではない。悪霊に投げ飛ばされて十数針、顔をぬったこともあり、その後、急性硬膜下血腫になり頭部の手術を受けることになった。
そこの霊は強かったし、悪い霊だった。
そんな時でもぼくは冷静で、霊魂に向かって「こういうことはよくないよ」と文句を言ってやった。その時は青山のホテルだった。もともとあったお墓を移転させ、外国人向けのホテルを建てた。霊たちの反発を買ったのであろう。
霊魂がそのような恨みつらみをぼくに言ったので、ホテルの方々に、余計なことだとは思ったが一応、お祓いをした方がいいですよ、と説得をしたのだけど、外資系だったからか、やらなかった。いい噂はきかない・・・。
そこで寝泊まりをするのであれば、ホテルであろうと、家であろうと、何かちょっと感じる場所だったりすると、まずは地場にいる霊魂さんたちに、ぼくは敵ではありません、というメッセージを捧げてから眠るようにしている。
味方になってくれる霊魂もあれば、そりがあわない攻撃的な方々も(珍しいけど)多少はいる。
京都と赤坂のホテルがやはり、結構、大変だった。
歴史のある土地にはやはり、悲しい物語があるので、それを背負っている情念を鎮めるのはぼくには大仕事になる。さすがに泊まれなくて宿を替えたところもあった。
さて、前置きはこの程度にしておくが、新しいアパルトマンに邪悪な霊はいない。(フランス人の気質なのか、在仏20年になるけれど、邪悪な霊と出会ったことがない。今、書いている小説「動かぬ時の扉」はサンルイ島を舞台にした霊魂の話だけど、シテ島とかサンルイには、いろいろと歴史もあり、悲しい情念がくすぶっていたりする、らしい。同じく霊感の強い友だちが申しておった。笑。でも、話せばわかる人(霊)たちではある。あはは。

第六感日記「昨夜もやって来た老女の霊、成仏してください、と諭した」



ということで、昨夜は、前回やってきた老女が若い女の子を連れて枕元に立った。
かなり薄いので、何世紀も前の子かもしれない。いや、ぼくには見えるということはないのだけど、知覚することが出来る、ちょっと不思議な能力があるのだ。
ただ、ぼくの一番の問題は、「受けて」しまうこと。
その人たちの悲しみのエネルギーを「受けて」しまうと、高熱が出たり、具合が悪くなったりする。相手によるが、この63年に及ぶぼくの地球内人生で、数回、それとわかる、謎の高熱に見舞われたことがあった。
激しい高熱が出るので、死にそうになる。薬などは効かないし、だいたい夜中になるので、必死で朝を待つ・・・。
体温計で測ると40度ほどはある。そこで、「南無阿弥陀仏」を無心に唱えはじめる。いやいや、笑っちゃいけない。これが効くのだ。
風邪とかの発熱ではないのが、わかった時にやる。(まず、背骨に激しい悪寒が走り、熱が出る)
乗っ取られている感凄まじい、いつものやつだ、とわかる。
太陽が昇るころ、南無阿弥陀仏と共に、熱がぐんとひき、朝ともなれば、平熱に戻っている。医者の友人に相談をしたが、眉唾、と笑われた。本当なんだっては!!!
お医者さんの気もちはわかるけど、今回の気管支炎のような外的要因で病気になったものと、霊から「受けて」身体が発熱するものはと全然質が違うのだ。わからないだろうなぁ、あはは。
おっと、話がずれてしまった。

第六感日記「昨夜もやって来た老女の霊、成仏してください、と諭した」



老女がその幼い子をぼくに紹介しているのがわかった。
ぼくは朦朧としていたが、うなずいておいた。ここでその子に何があったのか、わからない。たぶん、ここで亡くなられたのだろう。成仏しなさい、とぼくは優しく説得をした。
ここには君はもういない。情念のエネルギーだけが残っていて、肉体はもうないんだよ。だからね、天国にいくと、晴れやかな気持ちになるよ。ここに残った記憶は忘れて、憎しみや悲しさから解放されて、あなたたちは新しい世界へと成仏したらいいんだよ、と伝えた。
明け方、いなくなった。誤解のないように。物体がいなくなるのではない。ぼくが感じている微かな信号のようなものが途絶えるのである。まだ、成仏はされていないような気がするが、ぼくのことをきっとわかってくれたと思う。ぼくは排除したりしないから、会いに気安いのだろう。不意にベッドの下から、三四郎が顔をだした。おや。
「君にももしかしたら見えていたのかな?」
三四郎はベッドの縁に自分の顎を預けて、ぼくを眠そうな目で見ている。
「まだ早いからもうちょっと寝るか?」
ぼくらは、二度寝することになった。

第六感日記「昨夜もやって来た老女の霊、成仏してください、と諭した」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
フランス人は個人主義が強いので、めっちゃ面倒くさい人間ばかりではありますが、死ぬ時は、恨みもなく、諦めて、さらっと死ぬ人が多いので、あまり情念が残らないのだろうか。固執がないというか、死んだら終わりじゃ、みたいな、いわば、ラテン民族なのでね。そういうところ、ぼくにあっています。えへへ。

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