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滞仏日記「息子の相談にのった。確かに難問ではあったが、結論は見えていた」 Posted on 2022/10/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ということで、息子がぼくに相談があるといって、やって来た。
どんな相談か、ドキドキしながら、息子を待ち受けた、雨のパリ・・・。
なんとなく、世界がどんよりと暗いのである。
「どったの?」
ソファにでんと腰を下ろした息子くんに、父ちゃんはさっそく聞いたのだった。
「うん、あのね。勉強が出来ないの。アルバイトがちょっとハードで。その、パパの言う通り、社会勉強にもなったし、大人の世界のこともよくわかった。でも、バイトから帰るともうくたくたで、勉強が手につかない。大学も夜遅くまでかかるし」
なるほど、そういうことか、・・・。結婚とか、妊娠とか、凄いことが起きているのか、と想像していた父ちゃんだっただけに、拍子抜け・・・あ、いや、でも、バイト問題も、はいそうですか、とやめることもできないだろう。レストランの方々に迷惑がかかってしまう。さて、困ったぞ。
「なるほど」
「バイト先の人たちは皆さん、本当にいい人たちで、仕事に行くのが楽しい。お客さんにも恵まれているというか、いい社会勉強にもなっている。でも、本当に、勉強ができないことが一番の問題なんだ。ぼくは大学生になったと同時に働いたわけだけど、働く意味がわからなくなるくらい、毎日、勉強ができないんだよね」
「そりゃあ、本末転倒だね」
「うん」
「じゃあ、そのことをきちんとオーナーさんや上司の人に話さないとね」
「うん。話した」

滞仏日記「息子の相談にのった。確かに難問ではあったが、結論は見えていた」



「なんて?」
「わかるよって、ぼくの上司の人は理解してくれた。でもね、次の人が見つかるまでは、なんとか週一続けてほしいって」
「ま、そうだな。週一なら大丈夫だろ?」
「うん、たぶん・・・」
理解のあるレストランで、よかった。しかし、そんなにハードなのか、と思った。
フランスの大学は、大学に入ってからが大変だと誰かが言っていた。すでに大変が始まっているようである。
いきなりバイトを紹介したのはぼくだったし、給料も大卒初任給並みなのでいいのかな、と思っていたが、そういう問題じゃなかった。
やはり、大学生は勉強をしないとならない。彼が勉強についていけないのじゃ、それは、よくない。悩むのも当然である。
しかし、はじめた以上、彼は自分で解決をしないとならない。それが大人の生き方だ。
「じゃあ、どうする? 週一は続けられるのか?」
「うん、大変だけど、やってみる」
「勉強は頑張れそうか?」
「うん、大変だけど、やってみる」
とりあえず、バイトをやめるのはもう仕方がない。
どうやって、やめるか、だろう。ぼくの知り合いのレストランだけど、親が出ていくわけにもいかない。様子をみよう・・・。

滞仏日記「息子の相談にのった。確かに難問ではあったが、結論は見えていた」



滞仏日記「息子の相談にのった。確かに難問ではあったが、結論は見えていた」

※ 家の窓の外にメルルという鳥がいつもいるのです。

フランス政府は、すべての大学生に支援金を出す。その制度に登録させることにした。
フランス政府は外国人学生にも支援金を出すのである。たりない生活費はもちろん、ぼくが出す。幸い、学費はタダなので、なんとかなる。
「まずは、きちんと勉強をして、上を目指せ」
「うん」
ぼくらは近所のイタリアンレストランに食事に行った。
そこで、大学のことをいろいろと訊いた。
つまり、どんなに学校が大変かということを、息子は説明してくれた。
みんな、ものすごく勉強をしている。それに負けないくらい息子も勉強をして、上を目指さないとならない。博士課程まで行くのだから、それは、やらなきゃ・・・。
息子の大学の一年生の50%が18歳で、40%が20歳以上で、10%が25歳以上なのだという。
息子のクラスメイトの一番年上は40歳過ぎのおじさんだ。みんなキャリアをつけるために、仕事をやめて、大学に学び直しにきている。
そういう人たちと十斗は切磋琢磨しているのである。
「大学、とっても面白いんだ。もっと勉強をしないとならないんだ」
「うん、そうだね。バイト先の人たちに迷惑がかからないようにしなさい」
「うん。何を笑っているの?」
恋人が妊娠したんだけど、どうしたらいいの、と訊かれるのか、と思っていたので、笑ったのである。レストランの人たちには申し訳ない話だから笑っちゃいけないのだが・・・。
「あ、いや。なんでもないよ。パパ、日本に行くんだけど、映画音楽出来たかい?」
「そう、それも、あるからちょっと勉強が・・・」
「確かに。そうだね」
息子はパソコンを取り出した。ぼくが編集している映画の各場面にあわせて、一緒に、息子が作った音楽をあててみることにした。
映画「中洲のこども」のサウンドトラックは息子が担当をする。なかなか、センチメントないい音楽である。
机に並んで座り、一緒に作業をやった。こういう風に一緒の作品を作ることが出来る日が来るとは・・・、凄いことである。
「音楽活動も今までみたいには出来ないね。身体は一つだから」
「うん。それも悩んでいる。音楽に関しても、いい話がいっぱい来てるんだけど、パパの映画音楽をやったら、ちょっと休憩かもね・・・。とにかく勉強をしないと」

滞仏日記「息子の相談にのった。確かに難問ではあったが、結論は見えていた」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくはこれから日本に向かいます。(この後、長谷っちを息子に紹介をしてから)そういえば、三四郎がさきほど、映画データの入ったハードディスクを破壊しました。笑いごとじゃないのですけど、息子がそれを見つけ、パパ、これって、かなりやばいんじゃないの、という感じで、・・・今、衝撃が走っているところです。あはは・・・。

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