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退屈日記「異邦人の父ちゃん」 Posted on 2022/12/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日も、久保田早紀の「異邦人」を食器洗いながら口ずさんでいる父ちゃんであーる。

朝、工事業者さんが見積もりをとりにやってきた。
キッチンの棚が壁から外れて、崩落の危険性が高まっている。相変わらず、フランスの不動産屋の対応は遅く、結局、「このままじゃ、明日にもキッチンが壊れるぞ」と脅して、やっと業者を派遣してくれたのだ。
一応、キッチンは使えるのだけれど、揚げ物をしている時に、棚が落ちてきたら、大やけどするかもしれない。
「毎回、ハラハラしながら、料理をしている身にもなってほしい」と苦言を伝えておいた。
やってきたのは気のいいおじさんであった。
「ありゃあ、これは酷いね。200€で直るようなもんじゃないな」
200€以内で直る場合は、見積りはいらない、という不動産屋からの指示だった。ぼくも頭から200€案件ではないことはわかっていた。説明をしたのだけど、見せないと分からない、と言い張り、先延ばしされてきた。
「危険でしょ?」
「危険ですね」
「だから、三か所につっかえ棒をしました」
「それは正解です」
おお、正解だったのか・・・。

退屈日記「異邦人の父ちゃん」



一つはコニャックの木箱の上に日本の酒の升を、もう一つは箱の上に麺棒(実際はお菓子用の棒)を、もう一つはカーテンの伸縮レールを配置し、重たい棚を支えている(もちろん、食器は出している)。
最初は余裕があったが、今は重みで、もううんともすんとも動かなくなった。それだけ、上の棚がのしかかっている、ということであろう。
「何にもしなければ、とっくに、棚は落下してましたね」
おじさん、他人事のような感じで言う。
横幅が二メートルくらいある棚なのである。こんなのが落ちて、下に三四郎がいたら、ぺしゃんこになっているじゃないか!
ぼくはだんだん腹が立ってきた。
「で、どうやって、直すんですか?」
「そうですね、まず、この棚を全部外しまして」
「外すの? これ全部?」
「だって、上の部分がもう壁から10センチは離れている。とりあえず、外して、上の部分にレールを付けないとなりません」
「レール? 」
「ええ、とにかく、レールをかまして、そこに固定をするんですよ」
「大がかりですね」
「ま、一日もあれば、終わります」
「一日!?」
朝から夕方までかかる、という意味であろう。
その間、キッチンは使えないことになる。やれやれ。田舎に行けば、トイレの配管から水漏れだし、パリはキッチンが使えないし、新居に移ってもいまだ工事が続いている。呪われている・・・。
街が古すぎるのだ。立て直すことなどはない。この美観を維持するために、古い街を直し続けている。それはいいことだ。近代的な建物が出来たらパリじゃなくなる。
でも、終わらない修繕の結果、こういう問題は永遠に続くのである。
それにしても、いつも工事の人たちはいい人たちばかりだ。世間話も楽しい。
前の家の電気工事人だったジョゼさんは、こっちの家の照明も取り付けにきてくれた。趣味でジャズのライブなんかをオーガナイズしている。ぼくの家にはたくさんギターが置いてあるので、ぼくがミュージシャンなのは最初から見抜かれていた。
もちろん、ライブの案内も送っている。ちゃっかり・・・。

退屈日記「異邦人の父ちゃん」



今日、とある新聞社の取材を受けた。異邦人としての父ちゃんの半生について、質問を受けた。いい取材だった。
パリに渡り、路上で歌いだし、仲間たちと出会って、今のバンドが出来たこと、その出会いがこの国で生きていく礎になったこと。
言語が音楽だからやってこれたことがある。
異国で生きる多国籍な人たちとの間に、音楽という共通項があり、ぼくはこの国で根差すことが出来た。
ぼくがよく使っているスタジオは10区のインド人街にある。パキスタン人、クルド人、東欧人が多く住むエリア、観光客にとっては立ち寄りにくい場所だけど、居心地はいい、音楽仲間がたくさん暮らしている。
ぼくは20年という歳月をかけて、この国で音楽の仲間を増やし、信頼され、市民権を得た。
パリというとみんな「シャンゼリゼ大通り」をイメージするかもしれないが、そういうおしゃれな地区は一部で、生き生きしているが近寄りにくい場所が周囲に広がっている。
でも、そこで食べるクルドのサンドイッチとか異常に美味いのだ。
そして現代フランスの文化はそういう場所からこそ生まれている。シャンゼリゼから生まれるものはない。
金持ち相手のギャラリーはあるけれど、才能が犇めいているのは、圧倒的に下町なのである。どこの国も一緒だろう。
取材中、キッチンのことが気になって、肝心の「異邦人としてのぼく」について、ちゃんと語ることが出来なかった。
移住者や異邦人らとともに作った国境のない音楽が、ぼくという人間の根底に流れている。

退屈日記「異邦人の父ちゃん」



つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
今日、生まれてはじめてリールで動画を投稿したのだけど、やり方がよくわからなくて、成功したかどうか、今のところ謎なのです。今のぼくの課題はどうやって、パリの音楽ファンに自分の音楽を届けて、ライブに引き寄せるか、でして、あはは、リールとか、いろいろと試しているところです。なにせ、ロートルなので、若者に教わりつつ、・・・。
で、22日が近づいてきました。パリのぼくが暮らす左岸地区の中心地を皆さん、一緒に散歩しませんか? ぼくの行きつけの界隈を歩きませんか? マーシャルの八百屋さんをゴールにパリの冬の散歩道を歩きます。ええと、ご興味ある皆さん、下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてください。

地球カレッジ



父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。


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退屈日記「異邦人の父ちゃん」

それから、パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。

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フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

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