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リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」 Posted on 2023/07/16 辻 仁成 作家 パリ

※ 2022年に一度配信された日記のリサイクルです。

某月某日、渡仏20年、山あり谷ありの人生の連続であった。
離婚もあった。息子の反抗期もあった。小説が書けないこともあった。歌えない日もあった。死にたいと思うこともあった。
人生という海原、穏やかな日もあるが、油断していると、かなりの確率で、荒波が打ち寄せてくる。
船が沈没することだってあるし、遭難だってする。
誰かの言葉に傷つき、ベッドから這い上がれないことだってある。
そういう時、日曜日の朝カフェがぼくを海底からひっぱりあげてくれる。
「調子が出ないなぁ」と思う時、ぼくは三四郎のリードを引っ張って、カフェを目指す。少し遠くても、お気に入りのカフェまで歩くのだ。
そして、テラス席とか、日当たりのいい席に落ち着き、プティ・デジュネ、を注文する。
プティ・デジュネとは、朝食、のこと。
普段、朝食はとらないぼくだけれど、人生に遭難しかけている時は、あえてサンデーモーニングを注文することにしている。
「ムッシュ、珍しいですね」
「いや、気分を変えたいんだよ。日々にやられそうだから」
馴染みのギャルソンに、笑顔で、戻す。
「そりゃあ、いけませんね。すぐに用意させていただきます」

リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」



ぼくは窓際の、日曜の光が差す席に陣取り、行き交う人々を静かに見つめるのだ。
人生を振り返るように、静かにじっと眺めるのだ。
見てごらん。みんな一生懸命生きてるじゃないか。
みんないろいろな人生を抱えている。でも、ああやって頑張っているんだよ。
ぼくは辛かった時のことを思い出す。どんな時だって、乗り越えてきたじゃないか? 
世界中を敵に回したこともあったじゃないか? 
死にそうな時もあったじゃないか。
でも、こうやって乗り越えてこられたじゃないか? 
今までも大丈夫だった。これからだって、大丈夫なんだよ。それはわかり切っている。
ギャルソンが、温かいコーヒーを運んで来て、さっと、ぼくの前に置いた。
クロワッサンとか、バゲットも並ぶのだ。バターだって、付いている。
見てごらんよ、コーヒーから湯気が立っているよ。
この優雅な日曜日の朝に流れていく静かな時間の中で、人生をリセットするんだ。
コーヒーカップを掴んで、光が溢れる交差点を眺めながら、あたたかい淹れたてのコーヒーをすすった。
猫舌だから、ちょっとだけ用心をしながら・・・。
その空気と一緒に口の中に広がる、コーヒーの香りがやさしい。
こうやって、毎朝、気分を変えてきたじゃないか。
今日は特別に、日曜日のカフェの窓際の席で、モーニングを食べるんだ。
クロワッサンのサクサクのパイ生地をつまんで、口に放り込む。
自然に笑みが溢れるじゃないか。
何度も言わせてもらうけれど、今までだって、なんとかやってこれたし、これからだってきっとなんとかなる。そうだよ、ぜったい、なんとかなる。
最終的に、人生とはそういうものなんだ。人生は死ぬまでぼくのものだ。
不安だらけだけれど、日曜日のカフェでリセットしたらいいんだよ。気分を変えよう。
焦らず、この日曜日の静かな時間の中に身をゆだねてみろよ。
コーヒーをすすって、香りを楽しんで、差し込む光をじっと見つめたらいいじゃないか。

リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」



リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」

イヤホンを取り出して、好きな音楽を聞けばいい。
ここで、この時間、自分を取り戻していく人を邪魔する野暮な奴はいない。
ギャルソンは、そっとしておいてくれるし、隣の席の人は新聞を読んでいる。
日曜日の朝のカフェは穏やかなのだ。
マイペースで生きる者たちの憩いの場所でもある。
軽快で優しいリズムが鼓膜を擽ってくる。馴染みのメロディが違って聞こえてくる。
この街が、行き交う人々が、差し込む光が、ぼくのためだけのミュージック・ビデオを奏でているようだ。苦しいことなんか、忘れよう。
楽しいことだけを考えよう。一緒に口ずさもう。
遠くにいるギャルソンに手を振って、空になったコーヒーカップを掲げてみせたらいい。
新しいコーヒーが届くまでの間、もう一曲、聞いていればいいのだ。
一週間は、日曜日の朝からはじまる。そうだ、当然だ。
ここで、気分を変えて、人生の流れを変えたらいいのだ。
新しい一週間が、ぼくには可能性にしか見えてこない。
この一週間、なんだって出来るんだよ。
新しい本のページを捲ってもいいし、友だちと約束をしてもいい。
作ったことのなかった料理に挑戦をしてもいい。
さ、元気になったね?
じゃあ、出発しよう。新しい一週間へ向けて・・・。
この街角のカフェから出る時、ぼくはぼくを取り戻しているはずだから・・・。
おっと、ご一緒に。
合言葉は、熱血~。

リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」



つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
気分が上がりましたか? せっかくの日曜日ですからね、魂も休めて、乗り切っていきましょう。父ちゃんも、窓をあけて空気を入れ替えたり、仕事だけじゃなく、どうでもいいことに、時間と情熱を傾けて行こうと思います。

ということで、本日、日曜日ですが、20時から、作家の父ちゃんがエッセイ教室をやります。自分がどうやってエッセイと向き合っているか、ちょこっと講義しますね。エッセイを書いてみたい皆さん、ぜひ、覗いてみてくださいませ。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックですですです。

地球カレッジ

さらに、ライブのお知らせです。
名古屋、東京、京都公演は売り切れました。福岡国際会議場メインホールでの追加公演ですが、22日に一般発売開始です。

リサイクル日記「日曜日の朝カフェ・リセットからはじまる、父ちゃんの熱血一週間」



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