JINSEI STORIES

退屈日記「ついに、父ちゃん、お見合いをした」 Posted on 2022/12/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕方、ママ友のイザベルから電話がかかってきた。
「ハロー、ひとなり。元気なの?」
いつもの調子である。
「元気といえば、元気だけれど、元気が足りないと思える時もある」
奇妙な返事だったけれど、元気なのか、元気じゃないのかわからないような、中途半端な状態にいるのは確かなので、的を得ていた。
「じゃあ、アペロでもしない?」
「いいね」
「17時に、いつものカフェで。そうね、ほら、奥の窓際の席、わかる?」
「おけ」
特に用事もなかったし、イザベルには息子のことで相談をしたいこともあったから、会いに行くことにした。
ぼくが先だった。通りから丸見えの窓際の席に座り、カフェ・アロンジェ(お湯で薄められたコーヒー)を注文した。
すると、ぼくの前に見知らぬ女性がやって来て、
「こんにちは。私、イザベルの知り合いでレジーナといいます。あなたとお茶をしなさい、ってすすめられたの」
と面妖なことを言った。
ぼくは立ち上がり、その人と向き合った。
キツネにつままれたような顔になった。
でも、追い返すわけにもいかない。
もしかしら、と思って、振り返ったら、道を挟んだ反対側の街路樹の袂にイザベルがいて、笑顔で手を振っていた。
あ、お見合いさせられているんだ、と思った。あいつめ・・・。



ぼくらの前に、二つのカフェ・アロンジェが並んだ。
「そうなんですね。ごめんなさい。イザベルにあなたがパートナーを探している、と言われて。どんな方ですかと言われて、お人柄を聞いて、私、日本が好きで、ただ、そういう好奇心から会ってみたいな、と思ったんです」
「いや、あの、それは、・・・」
おせっかいなイザベルに腹が立った。
レジーナは、私なんかでごめんなさい、と恐縮している。
ここまでどういう気持ちでやって来たのか、想像をし、むげには出来ない、と思った。
とにかく、怒って出ていくわけにもいかないので、お茶をしましょうか、となったのだった。
レジーナは48歳で、独身、お子さんはいない。
どうも、離婚されて10年が経つのだという。これはもう、間違いなく、「お見合い」なのであった。
すくなくとも、こういう形じゃなくて、イザベルが一緒にレジーナを連れて来て、・・・紹介してくれた方が自然だったのに、と思った。
すると、イザベルからワッツアップにメッセージが入った。
「わたしも顔を出そうか、悩んだんだけど、最初から出会うことを目標にして二人で話をした方が早いと思って。レジーナは納得済みだから、二人で話してみてね。うまくいくと思うよ」
という、更に頭にくるメッセージが入って来たのだった。
「あの、イザベルがあなたに何と言ったか、わからないのですけど、ぼくはその、誰かパートナーを探しているわけじゃないんです」
「え、ああ。・・・そうなんですね」
何か、がっかりしたような顔をされた。でも、人を騙すような人には見えない。
この人は本当に誰かと出会うことを探している人なんだ、と思うと、申し訳なくなった。
「困りましたね、何から、ぼくのことを紹介すればいいのか、わからなくて」

退屈日記「ついに、父ちゃん、お見合いをした」



「あ、いや、ご迷惑だったのですね、ごめんなさい。イザベルが、あなたがパートナーを探していると言ったので、あなたの人柄を聞いて、そうだ、ええと、音楽も聞かせてもらいました。わたし、音楽が好きで、いいなって、思って、早とちりでしたね」
「いやいや、そういう顔されないで、こういうのも何かの縁ですから、あ、コーヒー冷めちゃいますよ。どうぞ」
なんだか、普通のお見合いのような感じになってしまった。
ぼくは、苦笑した。
もう、怒って席を立って帰ることも出来ない。
三四郎を連れてくればよかった、犬の話で逃げられたのに・・・。

退屈日記「ついに、父ちゃん、お見合いをした」



ということで話はあまり弾まなかった。
レジーナさんがあまりに口数の少ない、珍しいタイプのフランス人だからであった。
大学時代、東京に夏のあいだだけ短期留学をしていたことがある、というのが、一瞬、話の接点になった。
「センダガヤにちょっと住んでました」
「ああ、よく知っています。いいところですね」
「昔だったから、もう、よく覚えてなくて」
話が弾まない・・・。
ぼくの知り合いのママ友たちはみんな絵に描いたような豪快な連中ばかりでうるさいパリジェンヌばかり・・・、しかし、この人は物静かだった。
だから、どういう人か、どう物事を考えている人か、ちょっとわかりにくかった。
フランス人にしては珍しく、自分をアピールしてこないのである。
目がとっても青い。ぼくが今まで知りあってきた人と一番違うところだった。ご両親がベルギーの人で、彼女自身もブリュージュで生まれている。
「ブリュージュ、いいところですよね。一度、行ったことがあります」
「わたしは、暗くて、あまり好きじゃないんです」
話が弾まない・・・。
困った。話が弾まないのじゃ、お付き合いなんて出来ないかな、と思ったら、おかしくなって、苦笑してしまったのだ。
「何か、変ですか?」
「あ、いや、なんで、こういう感じで人と出会っているのかって、思ったら、不思議で、日本ではオミアイというんです。こういうの」
「そうなんですね」
細い人で、繊細なんだろうな、と思った。幻の妻とは正反対である。
イザベルはなぜ、ぼくにこの人を紹介したのか、わからなかった。

退屈日記「ついに、父ちゃん、お見合いをした」



「ムッシュ、ツジ、ごめんなさい。私は話が下手だから、友だちがあまりいないの。イザベルが唯一の友人で、家から出ないし、社交的じゃないんです。仕事は数学の教師をしています。家で、映画をみたり、音楽を聴いたり、本を読むのが好き。趣味はあまりなくて、ただ、油絵を描きます。面白味のない人間でしょ? 離婚をして10年が経ちますけど、子供がいなかったので、これから、どうしたらいいかな、と思ってイザベルに相談をしたら、あなたを紹介されたの」
ぼくらは、お互いの顔を見ながら、やれやれ、という顔で微笑みあうのであった。

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
話は、最後まで弾みませんでしたが、ワッツアップを交換し、時々、連絡も取りあおう、ということになりました。駅まで送ったのですけど、横にいるのが不思議な感じの人でした。まだ、どういう人かぜんぜん、わかりません。ただ、駅の階段を降りるとき、面白いことを言われました。生きているのは大変ですね、と。ぼくは、そうですね、大変ばっかりで、と言って笑って、握手をしたのです。手が温かかったのが、唯一の印象でした。あはは。さんちゃーん・・・。
さて、文章教室は、来年の1月29日、日曜日になりました。参加を希望される皆さん、以下をご参照ください。
「エッセイの書き方教室、第1回」
今回の地球カレッジ「文章教室」は、どうやってエッセイを構想し、実際に書き、また、推敲をしていくのか、についての講座となります。課題応募されたエッセイの中から選ばれた数本のエッセイを、辻仁成が細かく指導、推敲、研磨していきます。
「エッセイ依頼内容」
今年最初の課題は、また一から、食にまつわるエッセイとなります。
「お子さんやパートナー、家族、同居人に日々作る、作ってもらっている、頂いている、ごはん。外食も含め」について、その人生の深部、喜怒哀楽を書いてください。題して、「日々のごはん」です。字数は1000字前後、1500字以内、とします。締め切りは1月22日とさせていただきます。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

地球カレッジ



退屈日記「ついに、父ちゃん、お見合いをした」

父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、実は、冬の季節との相性も抜群なんです。このアルバム聞きながらする、冬の散歩はもうるんるん、超・ソウルフルですからね。寂しい時の人生の応援団になりますよ。
毎日、素敵なパートナーがいる皆さんが羨ましい父ちゃんですけど、独りぼっちのあなたにも、ジャパニーズソウルマン、がんがん響くこと請け合いです。


https://linkco.re/2beHy0ru

それから、来年、2023年5月29日にパリのミュージックホール、オランピア劇場で単独ライブやります。
パリ・オランピア劇場公演のチケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

https://www.jalpak.fr/optionaltour/tsujiconcert/



自分流×帝京大学