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退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」 Posted on 2023/04/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕陽を眺めながら、仕事をしていたら、携帯にメッセージが飛び込んで来た。
「パパのチャーハン食べたい。高菜納豆チャーハン」
息子からであった。
いろいろなメッセージをここから読み取ることが出来る。
家にご飯食べに行ってもいいか、ということでもあるだろうし、その裏側に、ちょっと家族が恋しいという気持ちが見え隠れしている。
親なので、わかることがある。
頻繁に、こういうやり取りをしているわけではないので、もしかしたら、何か悩んでいることがあるのかもしれないなぁ、と思い、返信するのではなく、電話をかけてみることにした。
最後に会ったのは、いつだったっけ・・・。
「もしもし、あ、パパだけど・・・。あのね、チャーハン作ってあげたいけど、今、ノルマンディなんだよ」
「あ、そうなんだ。なんか、携帯を見ていたら、パパが作ってくれた高菜チャーハンの写真が出てきたから」
「いいね。一昨日かな、タラコ高菜パスタ作って食べたばかりだった」
「高菜、売ってないよね。どこで手に入るの?」
「日本から送られてきた」
「あ、パパ。この夏、日本に行きたいんだ。友だちと日本のあちこちを旅したいんだ」
「いいね」
思わぬ、長話になった。

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」



反抗期や思春期を抜けたので、やっと普通に会話が出来るようになった。
「おはよう」と声をかけても、返事もなかった中高生の頃とはえらく違うのだ。もう、かっちーん、もしなくなったね。あはは。
自分もそうだったっけ? いや、
ぼくは父親と話をしたことがなかった。父親が死ぬまでのあいだ、ひざを突き合わせて、一度も会話をしたことがない。一度もないのだ。2分以上の会話をしたことがない。怖い存在でしかなかった。複雑な父子関係だった。
今日は一時間近く、いろいろなことを話しあった。

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」

※ パパの夕食は自家製博多ラーメンでした。



ぼくがシングルファザーをやったこの10年を息子がどういう風に受け止めているのか、わからない。しゃーないな、と思っているとは思うのだけど・・・あはは。
一時期はぴりぴりしていた。不満もあったと思う・・・。
ぼくにとって大事なのは、息子がフランスで生きていく基盤を作ってやることなので、ここには(今は)書けない新たな問題もあるが、成人になったので、これからどうするのか、ということをいろいろと話し合っている。
息子は今、せっかく入学した大学も含め、人生の大きな軌道修正を検討中なのだ。
ぼくはその相談にのっている。
19歳の青年が、これから自分のアイデンティティをフランスでどうやって確立していくのか、ここは大切な時期に突入をした。
そういうことを長電話の端々に交えながら、言うべきことははっきりと伝え、しかし、どうするかは自分で判断をしなさい、と自主性も持たせている。
「あのね、十斗、お願いがあるんだ」
「なに?」



「パパは、オランピア劇場に立つ。あまりに大変なことだから、63歳のパパが挑戦できるのはこの一回かもしれない。それでね、お前に、その一部始終をちゃんと見せたいんだ」
「うん」
「ボクシングで選手の横に付き添う人のことをセコンドというじゃん。お前に、パパのセコンドをお願いしたい」
「え、あ、もちろん。いいけど、何をするの?」
「いろいろ仕事はあるよ。でも、一番大事なことは、ステージに向かう廊下を本番前に一緒に歩いてもらいたい」
「いいの?」
「あのね、父親の背中を見せたいんだ」
ぼくはオランピアの下見に行った時の楽屋からステージに向かう長い廊下の写真を息子に送った。突き当りを左に曲がるとそこがステージなのだ。エディット・ピアフも、ビートルズも、ローリングストーンズも、マドンナも、みんなそこを通ってステージに出た。ぼくは息子と一緒にその廊下を歩きたかった。
「もちろんだよ。それは凄いね」
息子が喜んでくれた。ぼくも嬉しかった。
「ただ、一緒に歩くだけでいい。パパのことを記憶に焼き付けてもらいたいんだ」

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」

※、これがオランピアの廊下なのである。楽屋からこの長い廊下を歩く。突き当りを左に曲がるとステージが待っている。

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」

退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくのライブの一週間前に、彼は別のアーティストのライブをそこで観るのだそうです。だから、単純に興奮していました。尊敬しているアーティストと同じ場所にパパが立つことを息子は喜んでくれていました。バックステージに自分が関係者で入れることも・・・。だから、ぼくは彼の音楽仲間を招待してあげることにしました。ぼくがオランピアに立つことをフランスで生きる決意をした息子に、見せたいのです。ぼくの背中、大丈夫ですかね? ぼくがステージに出る瞬間、息子は何を思うのでしょう・・・。



退屈日記「父親の背中を息子に見せたい」

お知らせのまとめです。5月29日、オランピア劇場、近づいてまいりました。フランス国内、もしくは周辺国にお住まいの皆さん、ぜひ、遊びに来てください。日本からは遠いですから、来ていただきたいですが、時間がせまってきましたから、ご無理はさせられません・・・。無理のない範囲でお願いします。あ、席は絶対売り切れませんので、当日券山ほどあり、ご心配なく・・・。
席のご予約はオランピア劇場のサイトから、どうぞ。

https://www.olympiahall.com/evenements/tsuji/

もしも、日本から行きたいけど、不安という皆さんには、JALパック・パリさんが協力いたしますので、こちらをクリックください。現在、日本から50名くらいの方が来るだろうという予測です。本当に、大変なところありがとう。必ず、いいステージにしますね。約束!!!

5月29日 辻仁成 パリ・オランピア劇場 ライブコンサ-ト!


ついでに、父ちゃんのニューアルバム「ジャパニーズソウルマン」、お好きな音楽プラットホームから選ぶことが出来ますので、聞いてみてくださいね。

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さて、地球カレッジからのお知らせです。迫ってきましたね、父ちゃんの「カフェ飯教室」は4月16日です。「父ちゃんの敷居のめっちゃ低い小説教室」は5月7日になります。まだ、課題受付中です。レッツ・トライ。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

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