JINSEI STORIES
退屈日記「ぎゃああ、帰って来たカイザー、れ、練習出来ない。どうする父ちゃん」 Posted on 2023/05/02 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、二つ下の階のご夫婦の家に招かれ、仏語の苦手な父ちゃんだが、日仏親善のためにも頑張って友好関係推進を担い、へとへとになって、我がアパルトマンに戻ったのは、今朝の日記で書いた通り・・・。
で、父ちゃん、魚屋で買った鯖を三枚におろしていたら、
とんとんとん、とんとんとん、
と音がした。
はて、二つ下の階のご夫婦かな、と思って耳を澄ませると、違う。すぐ真下から聞こえてくるゥ～。
ええええ？？？？
カイザーさんの家に誰かいる？
げっ、息子さんが戻って来たのか・・・。
ソファでごろごろしている三四郎に、
「ちょっと様子を見てくるから、待ってろ」
と言い残して、家を出た。
一度、建物の外に出て、通りを渡ったところから建物全体を見上げないと、いるかいないか、わからないのである。
忍び足で建物を出て道を渡って反対側の歩道から、見上げたら、
わわわ、ばっどニュース！！！！！
窓が開いているじゃーん。カイザー家の人が戻ってきてるゥ～。
ということは、もう、歌えない。歌ったら、また、ドアを、「バンバンバン！」されてしまう。
くー、せっかく、二つ下の階の皆さんと仲良くなって、これでライブまで遠慮することなくまた練習が出来る、と思っていた矢先に～。
これは笑ってすまされない難題であった。
とにかく、ボーカリストというのはマラソンランナーと一緒で、日々の積み重ねが大事なのである。
二台の加湿器をフル回転させた湿度９５％の部屋で、マスクをつけて毎日、寝ている父ちゃん、（喉には加湿が一番大切だからである）の気持ち、想像してみて～。
この努力は、なかなか理解してもらえない。
加湿器の湿度メーターが９５％を示しているのである。起きると室内がもやっている。
そのおかげで、今現在、最高のコンディションを維持できているというのに、田舎で発声練習が出来なくなるのは、ううう、やばい！！
パリに戻ったとしても、事務所では練習が厳しいので、スタジオまで行くしかない。
しかし、パリは東京に比べ、うんとスタジオがすくないし、ぼくが暮らす左岸ではなく、右岸に練習場が集中しているのである。
風邪などひけないので、あまり、移動をしたくない父ちゃん、悩む。
せっかく、田舎は空気がいいし、人もいないし、体調も何もかも、最高のコンディションなのに、でも、来たからには、彼らの家なのだから、ぼくにとやかく言う権利はない。
海に行って歌うしかない・・・
ということで、夕方、三四郎を連れて、海に発声練習に出かけた。
「はーるーこーおーろーのー、はなーのーええん～♪」
こういうの、ささいやなことだけど、本当にストレスにゃあ・・・。
海ならば、いくら大声で歌っても誰からも叱られることはない。ただし、ギターはダメ、前回の練習で砂がギターの弦巻に絡まり、じゃりじゃり、いい出した。
メンテナンスしないとならなくなった。
デリケートな楽器にとって、海は大敵なのであーる。
ぼくが「荒城の月」を歌っているあいだ、三四郎は砂浜を走り回っていた。
夕飯は、塩鯖にした。
ノルマンディの鯖は脂がのっていて、美味いのだ。
三枚におろし、食べる。日本人はやっぱり、焼サバが一番である。
鯖パワーで今日をなんとか終えた父ちゃん。
明日、パリに戻ることにした。
ここでストレス抱えて練習をするくらいなら、セーヌ川がパリにはある。
セーヌ川河畔のケ通りで、発声練習をすればいいのだ。
オランピア劇場ライブまでひと月を切った、父ちゃんの人生史に残る最高の５月にしないとならない。まだまだ、チケットも売らないとならないし、こんなことでめげちゃいけないのであーる。
さ、皆さん、こんな父ちゃんですけれど、応援ください。
熱血～。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
今、思わぬ人から電話、パリで大活躍のヘアーデザイナー、ＭＡＳＡＴＯ氏のおくさん、ゆっこさん。ゆっこ姉さんには、若い頃、本当にお世話になった。「辻君、今ね、お友達がニューヨークから来ているの。辻っちのパリごはんのファンなんだって、青木さんよ。彼女、一度帰ってまた辻っちのライブの時にパリに来るってよ」ひゃあああ、涙。青木しゃん、皆さん、父ちゃん、頑張るよ。めるしー僕。
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