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退屈パリ日記「ぼくのことをマダムと間違えるギャルソンたちに言いたい!」 Posted on 2023/05/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「ボンジュール、マダム~」
レストランの給仕たちが、入店してくるマダムたちに、言う。
昼時のパリの街角で聞こえてくる、ボンジュール、マダム。
これを言われることが当たり前のマダムたちは、何食わぬ顔で、すましているが、ムッシュ辻はいつもの席で、そういうマダムたちと給仕とのやりとりを微笑ましく聞いている、見ているのであーる。
何気ないご挨拶の言葉なのだけれど、みんなが口をそろえて言うのだから、フランスという国はおもしろいなぁ、とつくづく思う。
だって「こんにちは、奥様」と言われてみたいじゃないですか。
いや、ぼくはたまに、マダム、と言われることがある。
ロン毛だから、で、言った後、ぼくが返事をしないので、給仕は驚き、「あ、パルドン(ごめんなさい)、ムッシュ~」と言い直すのだ。
もっとも、マダムと言われて、いちいち、最近は否定もしなくなったし、怒らなくなった。☜ 否定しないんかい!
まず、仏人男性に比べるとぼくはかなりきゃしゃな方だし、小柄だし、なんなら、その辺のマダムよりも細いし、痩せてるし、鼻も小さいから、彼らが見分けられないのはしょうがない。
で、否定しないと、マダムで通されるわけだけれど、ある瞬間、違和感を感じることがあったりするんだろうね、或いは、別の店員さんが、「あの人、ムッシュだからね、気を付けろよ」とか耳打ちされているに違いないのだけれど、こういうことは日常茶飯事で、次のプラ(メイン)を持ってきた時は、なんとなく、ムッシュに、シフトされていて、もちろん、ぼくは心が寛容だから、それさえも否定も肯定もしないのだけれど、ま、もう慣れたわけで、つまり何が言いたいか、というと「ボンジュール、マダム」を経験したことのある数少ない日本のムッシュなのであった。
めでたし。

退屈パリ日記「ぼくのことをマダムと間違えるギャルソンたちに言いたい!」



それはいいとして、☜ いいんかい!
このボンジュール・マダムというのは、みんながあらゆる場所で使うものだから、囀りのようで、心地がいいのだ。
薬局でも、スーパーでも、商売の人だけではなく、街角で、路上で、バスの中で、ありとあらゆるところで、女性に向けて使われるのだ。
男性は、もちろん、ボンジュール、ムッシュなのだが、誰かを呼び止める時、何かを聞きたい時に、まず、ここから始めないと、ここフランス國では、逆に怒られることがある。ぼくも、渡仏したばかりの頃、
「君、あのね、まず、ボンジュール、を言いなさい」
と叱られたことがあった。
これは、この社会での人間としての大切なマナーなのだ。
会話というか、誰かを呼び止めた時、必ず言わないとならない。
道に迷った。ええと、困った。誰かが目の前を通り過ぎる。
「あの~、すいません、駅はどっちですか?」
と聞いたら、いけない。まず、
「ボンジュール・ムッシュ」
と呼び止めないといけないのだ。
理由はわからないが、ここがフランスだから、であろう。

退屈パリ日記「ぼくのことをマダムと間違えるギャルソンたちに言いたい!」

※ 父ちゃんの大好物、牛肉のボブン。



これを日本に当てはめてもらいたい。
フランス人はけっこう、変わり者が多く、いい加減な人が多い、間違えた印象を、日本にいた時には持っていたが、実際、20年も暮らしてみると、この律儀な挨拶だけはあらゆる人が必ずする。
日本でももちろん、挨拶は大事だけれど、
「こんにちは、奥さん」
「こんにちは、旦那さん」
とそこら中で聞こえることはない。
逆に、日本はお辞儀の文化なので、それがフランス人には受けている。
お辞儀、ぼくはいい習慣だと思うのだが、あれはある種のボディランゲージなのかな。
お辞儀しながら「どうも」と控えめに言って、ちょっとはにかんでいるのが日本式なのかな。フランス人は、よっぽどのことがないと、頭は下げない。
そのかわり、親しい間柄だと握手をする。アフリカ系の人たちは親しい間柄だと、おでことおでこをごっつんこしている。マジです。
日本で、「ボンジュール、マダム」並みに、「こんにちは、奥さん」がそこら中で響きだすと、ちょっとうるさいかもしれない。
なんでか、わからないけれど、ボンジュールとこんにちは、の発音の差?
こんにちは、は割とはっきりと発音をしないとならないが、ボンジュールは、想像以上に口ごもっている。
だから、頻繁に飛び交っても、違和感なく、音楽的で、自然に感じるのかな。
あはは、よくわからないのだが、ぼくがはじめてのカフェとかレストランに行く時は、店に入る前に髪の毛をオールバックにして、サングラスをかけ、胸をはって、腕をちんぴらみたいに左右にふって、入店するようにしているのだ、間違えられないように・・・。
「ボンジュール、ムッシュ」
よかった。ほっとするね。ちゃんちゃん。

退屈パリ日記「ぼくのことをマダムと間違えるギャルソンたちに言いたい!」

※ オランピア劇場での歴史的ライブは、次の月曜日です!!!



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくのことをマダムと間違えるギャルソンたちに言いたい!ぼくはだんだん、日々、じわじわっと、お爺ちゃんに向かっているのだけれど、今、目指しているのは世界一セクシーなお爺ちゃんなのです。こんなかっけー爺さんおらんやろ、がぼくの夢なのです。早く93歳になりたいわー。そこんところ、よく覚えておいてください。おしまい。
はい、そんなセクシーな父ちゃんがガイドをする、パリの左岸散歩を6月18日に開催いたします。ご興味ある皆さん、いないか、あはは、下の地球カレッジのバナーをクリックしてみてくださいねー。ぺこちゃん。

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