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退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」 Posted on 2023/07/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、楽しい夜であった。
十斗と三四郎がとにかく、寄り添って楽しそうにしているの見るのが嬉しかった。
よほど楽しかったのであろう。
駅まで、十斗を送ったが、三四郎が十斗が視界から消えても、動こうとしない。
消えた人込みを見つめていたが、見えなくなると、首を傾けて、探している。
「さんちゃん。バイバイしたんだよ」
と教えた。
三四郎はバイバイが嫌いなのだ。
そして、息子も「さよなら」が嫌いだった。
ぼくとの二人暮らしになった後、知り合いや親せきなどが遊びに来て楽しい時間を過ごせば過ごすほど、息子はバイバイの時間になると部屋にこもって出てこなくなった。
もう、19歳なのだが、離婚の時のトラウマみたいなものは、いまだ残っている。
三四郎がぼくを見上げて、いないの? という顔をした。
「いないね、バイバイしたから、もういないんだよ」
とぼくはもう一度、教えた。
犬にも悲しいとか寂しいという気持ちはあるようだ。
彼の所作を見ていると、わかる。
家に帰っても、十斗と遊んだソファに上って顎を突き出し、考えているように見えた。見えただけかもしれないけれど・・・。

退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」

※ 十君いないねー

退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」

※ いないよ、帰ったんだよ。

退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」

※ さんちゃん、帰ろうか、ぼくたちも・・・。



十斗とは、何も話してない。
これもどうかと思うのだけれど、ぼくはこの長い年月、あえて、息子に世の中の騒音を伝えたことがないのだ。
時間が彼に教えるだろう、と思って、我慢していた。
周囲の無慈悲な言いたい放題が彼の繊細な心を傷つけないよう、一生懸命、ガードし、配慮する、のが精いっぱいであった、
ぼくが何か言うと、いろんな人が出て来て、面倒になるので、黙った。
たぶん、もはや十斗の中にあるものは、大昔の記憶だけである。
それを彼がどういう風に持って生きているのか、折り合いをつけているのか、ぼくはあえて確かめたことがない。
そうやって、時間が過ぎてしまった。
なので、辻家では、バイバイ、は実にシンプルなものになる。
ぼくがドアを開け、ゲストが退出するだけで、大げさなお別れというのはやらない。
どっちかというと「またね」が役立っている。
またね、には、またすぐ会える、という希望があるからだ。
十斗も、またね、をよく使う。

退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」

※ 今時の若者だねー。ずぼん、引きずっているし、笑。



ロンドンライブ用のポスターが出来てきたので、息子の意見をきいた。
「かっこいい。英国でライブやるってどんな感じ? パリとは違ってそうだね」
「そりゃあ、英国だもの。でも、中身は一緒だよ」
「そうだね、パパはどこでもパパだから」
ぼくらはいつも音楽の話ばかりだ。
「今度、パパの歌をやってもいい? ぼくのライブで」
「ああ、いいよ。日本語ではじめて歌うんだな、光栄だね」
彼は今、仲間たちとアルバムを作っている。
来年、大きなライブを計画しているのだと、楽しそうに語る。
「あ、このかばん、買ったんだよ、かっこいいでしょ。今、セール期間だから、半額で」
「へー、いいじゃんいいじゃん」
「これで韓国と日本に行ってくる。レインズっていうメーカーで、雨を通さない」
「日本は雨が多いから、ちょうどいいね」
ずっと、こういう話題ばかりで生きてきた。きっと、これからも。

人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとう。
息子は来週、韓国へ向けて出発し、後半、日本に。ぼくも月末には日本に向かいます。息子と東京で合流し、彼の音楽仲間たちにお寿司でもご馳走しようかな。
福岡国際会議場メインホールでのライブまで40日ですねー。皆さん、もうすぐ会えますね。「父ちゃんコール」だけは勘弁してください。それ、洒落にならないですから。笑。
はい、名古屋、東京、京都公演は売り切れました。福岡は22日に一般発売開始。

退屈日記「さよならが嫌いな息子と三四郎。いつまでも息子を見送るさんちゃん」

※ まだ、これはポール卿の許可を得てない、試作段階のポスターです。出た、またこの写真だ。あはは。

さて、日曜日の文章教室ですが、父ちゃんがエッセイを依頼されたら「どうやってそれにこたえ、執筆にあたるか」ということについて、実例を出しながら、講義していきたいと思うのです。今年最後のエッセイ教室なので、今までとはちょっと違った文章教室、お楽しみに。7月16日の地球カレッジ、エッセイのお勉強会、詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてくださいね! めるしー。

なお、この記事の無断での再掲載はご遠慮ください。

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