JINSEI STORIES

退屈日記「実はぼく、ノイローゼなんです。育犬放棄しそうな日々にいます」 Posted on 2023/07/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、なんとなく、悲しいニュースが舞い込んだ。
なので、今日は、ちょっと力が入らない。人が亡くなると、それが若い人だと、思いやりとか、人間関係とか、いろんなことを考えさせられ、辛くなるね。
この一つ前の日記が「さよならが嫌いな三四郎と息子」というものだったから、なおさら、響くものがあって、ぜんぜん、知らない人なのに、寂しい気持ちでいっぱいになった。
「さよなら」はやっぱり、悲しいものを連れてくる。
「またね」と言えるような別れがいい。
今日も、三四郎はぼくの後をくっついてくる。
田舎だったら、海に連れ出して走らせてやれるのに、パリだと、それが出来ない。
狭い事務所でごろごろ。彼もストレスが溜まっているようだ。
どこに行くのもついてくるので、こっちも、いくら動物好きでも、創作が出来ないし、ちょっとノイローゼ気味になりつつある。
一ミリも離れないのだ。
ぴたっと身体をぼくにつけてくる。
歌っているとぼくの股間に潜り込もうとするし。
食事している時も、足元からぼくをずっと見上げている。
これがきつい。
食べ物が喉を通らない。
あげたいけれど、塩分が強すぎて、あげられないのだ。
なので、今日は、キッチンから追い出し、ドアをしめてしまった。(心が痛む)
で、外で「ふんふん」鼻を鳴らしている。(ああ、耳が痛い)
やれやれ。

退屈日記「実はぼく、ノイローゼなんです。育犬放棄しそうな日々にいます」



ごはんもゆっくりと食べることが出来ない。
変な話で恐縮だけれど、トイレにも付いてくるのだ。
「さんし、パパだって、ピッピする。ピッピくらい心置きなくさせてよ!!!」
たまったものじゃないのである。
ずっと、こういう生活なのだ。
ぼくの日記を読んで、犬を飼いたいと思われているそこのあなた、よーく考えてほしい。
犬が好きと、犬を飼う、は別のことである。
仕方がないので、三四郎を部屋に残して、ぼくはアトリエに絵を描きに出た。
事務所の近くに借りている作業場なのだけれど、主にここでは歌を歌い、絵を描いている。
キャンバスに向かっていると、心が落ち着く。
小淵沢に家があった頃、やはり家の一角にアトリエがあった。
誰に見せるわけでもない絵を黙々と描くことは、ある意味で、ぼくの創作の原点だった。
絵を描くことには締め切りがないので、仕事でもないので、好きな時に、向かうことが出来る。
今まで、誰にも見せたことがなかった。息子にさえも・・・。
今日のように心がざわざわする時ほど絵を描く行為が安らぎを持ち込む。
窓をあけ、三四郎のいない世界で、無になるのだ。
監視カメラを覗くと、さんちゃんの動きがよくわかる。
彼は玄関のドア前に座り、ぼくを待っている。
忠犬ハチ公のように、ずっと、動かず、ぼくを待つのだ。
これはこれで待たれると可哀想なのだけれど、彼はぼくが帰って来ると、めっちゃ尻尾を振って、本当に感情丸出しで、ぼくにジャンプしてきて喜びを表す。
待っている間は寂しいのだけれど、ぼくが帰らないことはないので、一瞬で、寂しさは消え去り、幸せになるようだった。
ぼくだって、生きているのだから、一人の時間が欲しい。
さんちゃんがいるおかげで、呑みにも行けない(禁酒中だからいいのだけれど)、人にも会えない、会うならさんちゃんも一緒、というわけで、なんにもできないのだ。

退屈日記「実はぼく、ノイローゼなんです。育犬放棄しそうな日々にいます」



だから、家の近くのアトリエで絵を描くことくらい許してもらいたい。
絵が終わったら、歌って、歌が終わったら、さんちゃんを散歩に連れ出して、適当な夕食を食べて、夜の9時にはベッドに入り、朝の5時には仕事に向かう毎日なのだ。
最近、自分が描いた絵をごくごく親しい友人に見せたりしている。
みんな、驚いているので、ちょっと、嬉しい。
表現することがぼくの喜び、生きる意味なのだ、と最近、ますます悟っている。
けっこうな宇宙が出来上がりつつあることに気が付いた・・・。
塵も積もれば山となる。

退屈日記「実はぼく、ノイローゼなんです。育犬放棄しそうな日々にいます」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
なかなか、来年のコンサート会場で決まらないので、どこぞの東京のイベンターさん、ぼくのコンサート主宰して頂けませんか? 中原さんも大阪のイベンターさんですからね、毎回無理させるわけにもいかず。「ぜひ、次のライブ決めてください、お願いします」とチケット手に入らなかった各方面の皆さんから言われているので、あと少し座席のあるところでも、やらせてもらえたらと思う父ちゃんです。さらに素敵なライブエンターテインメント世界作っていきたし。ぼくはオープンマインドですから!ぜひ。楽しいことをやりましょう。

ということで、名古屋、東京、京都公演は売り切れました。福岡は22日に一般発売開始。

さて、日曜日の文章教室ですが、父ちゃんがエッセイを依頼されたら「どうやってそれにこたえ、執筆にあたるか」ということについて、実例を出しながら、講義していきたいと思うのです。今年最後のエッセイ教室なので、今までとはちょっと違った文章教室、お楽しみに。7月16日の地球カレッジ、エッセイのお勉強会、詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックしてくださいね! めるしー。

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