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滞仏日記「ノイローゼな父ちゃん、禁酒中なのに呑んだら、あなた、と妻に叱られた!」 Posted on 2023/07/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、育児ならぬ育犬ノイローゼになりつつある、父ちゃんの唯一の楽しみが「禁酒」じゃなく、(ああ、本当ならば禁酒をしないとならないのに)、つい、つい、手が伸びてしまい、ホームバーの上に並ぶウイスキーに手を伸ばし、ぎゃああ、舐めてしまった、哀れな父ちゃんであった。
そこで、くすくす、笑っているあなたが怖い、・・・ということで、三四郎にご飯をたべさせた後、父ちゃんも冷蔵庫を漁って、ちょこちょこつまんでいたのだけれど、なんだ、このもやもやとした倦怠感は、福岡公演が来月に迫っているのだから、禁酒をして、身体を鍛えて、最高のコンディションで、待ってくれているファンの皆さまにこたえてこその熱血父ちゃんじゃないのかぁ、こら、ひとなり!
しかし、である。奥様、本当にきついんです。
夜は不眠症で眠れないし、三四郎の世話に明け暮れる日々に疲れがマックス&ピークを突き破りそうだし、小説は遅々として捗らないし、優しい言葉を投げかけてくれていた弟子の長谷っちロスも半端ないし、ああああ、もうダメだ、父ちゃんなんか、熱血じゃあなくなりつつあるのだ~、と暗くなっていたら、目の前に「響」のボトルが。
周囲を見回す父ちゃん。足元に三四郎しかいない。
ま、たまにはいいでしょ。

滞仏日記「ノイローゼな父ちゃん、禁酒中なのに呑んだら、あなた、と妻に叱られた!」



飲んだって、日記に書かなければ誰にもバレやしないし、ククク、ということで冷凍庫から氷を取り出し、響をグラスに注いで、ペロっと舐めたら、ひゃあ、うまいなぁ、日本のウイスキーは世界一だぁ~。
ということで響のボトルを抱えて、サロンに行き、ソファに座って飲んでいると、三四郎が飛び乗って来て、ぼくの膝に身体をくっつけて、寄り添った。
まぁ、吞んでるわけだから、小犬ごとき、気にならない。うわっはっは。☜悪魔な感じ。
「犬だもんなぁ、さんちゃんとは呑めないね」
ということで、にやにや、吞んでいたら、響のボトルが半分ほど、半分ほども、あいてしまったのであーる。
でも、誰に叱られるわけでもないし、日記に書かなきゃ、禁酒貫いている熱血父ちゃんは安泰じゃないですか、だね、そうだそうだ、ま、いいか。
だいたい、やってられるかバカ野郎ってなもんだ、ういッ。☜しゃっくりの音。
俺だって生きてんだ。たまには羽目を外さないと一年中禁酒だぁ、あほか、そんなの無理だろ。☜悪魔炸裂!
10月23日のロンドンまでずっと禁酒なんか不可能だっつーの。
呑んじゃうもんね、と響ちゃんに手をのばしたら、
「あなた」
と窘めるような声がした。☜ご想像通りの展開でほっとされましたかぁ?
「ありゃ。出た」
「出たじゃないわよ。あなた、ちょっと呑みすぎです」
「でもな、毎日、こんなに真面目に生きてるんだ。他に愉しみもないし。太らないように糖質制限もしているし、グルテンはなるべくフリーにしている。しかし、俺だって人間なんだよ、羽目を外したいじゃないか。わかってくれ。そんな目で俺を見るなよ!」
「あなた」
「はい」
「わたしにもください」
おおおおお、なんて、出来た妻なのだ。やはり、お前が最高だ。☜天使になる。

滞仏日記「ノイローゼな父ちゃん、禁酒中なのに呑んだら、あなた、と妻に叱られた!」



グラスをとりだし、響、を注いであげた。とくとくとくとくとく・・・・。
「こんなに、呑んだの? もう、ほとんど空じゃないですか?」
「いいんだよ。楽しいんだから。お前が現れて、なおさら、嬉しい」
「まぁ、(クスクス)」
俺の妻、小太りだけれど、笑うと、片頬にえくぼが出る。たまらん、昭和な顔じゃ。
目尻に小じわがあり、シミもある。そういうところが大好き。
人間だもの、ナチュラルな感じがいいね。
「そのニュートラルな君の顔。自然で素敵だ」
自分が言ったセリフに虫唾が走ったが、酔っているので、チャラ。
名前を呼ぼうとしたのだけれど、そういえば、名前知らなかった。幻の妻だから、まぼ、と出かかって、慌てて、口をつぐんだ父ちゃんであった。まぼ~!
名前がない方が、長続きしそうだ。
適当な名前をつけると、そこに人格とか出現して厄介になりそうだから、名前のない妻ということにしておく。
あはは。
「何を笑っているの? 楽しそうですね?」
「ああ、もの凄く楽しい」
「そういえば、ロンドン公演おめでとうございます。ほんとうに凄いことだわ」
「いや、これは偶然なんだ。たまたま、あの日、ぼくらのライブをみた英国の紳士が、凄いプロモーターだっただけだよ。まぐれさ」
「いいえ、積み上げてきたものが評価されたんだから、胸を張ってください」
これ、自作自演のドラマだったら、自分が言わせていることになる? ま、いいか。気持ちよく酔っている時に野暮なことはいいっこなし、洋ナシ。
「ありがとう。がんばるよ」
「そうね、あなたはいつも何かに挑戦しているところが素敵なの。だから、死ぬまで挑戦してください。私はそういうあなたを応援しています」
おおお、涙が出てきた。
酔ったな、響もほとんど空いているし、・・・23時なのに、フランスはまだ明るいのが不思議であった。
夏なのだ。緊張の蚊取り線香の匂いが日本を思い出させる。
滲む目元で、またしても、妻が霞んでいった。そろそろ、お別れの時間のようだ。
ぼくちんも、そろそろ寝なきゃ。
「三四郎、寝るぞ」
ぼくはそう呟き、ふらっと立ち上がった。
ああ、幸せな夜である。
ふっくらとした枕をあいつだと思ってぎゅっと抱きしめて寝てやろう。ふふふ。
辻サムライ、酔って候!

滞仏日記「ノイローゼな父ちゃん、禁酒中なのに呑んだら、あなた、と妻に叱られた!」



人生はつづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
さて、こんな日もありますね。どうぞ、お許してください。明日から本格的な禁酒(時々、解禁)で挑みたいと思いますので。☜怪しい。
さて、日曜日、父ちゃんの最後のエッセイ教室があります。最後というか、地球カレッジがどうなるか、今、いろいろと話し合っておりまして、ともかく、年内は最後のエッセイ教室になりそうです。ずばり、父ちゃんはどうやってエッセイの依頼を受け、どうやって依頼に沿ったエッセイを書いているのか、を徹底的に講義したいと思うのです。エッセイを書きたいと思っているあなた、これは必見ですぞ。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックください。

地球カレッジ

日本公演、おまちかね。皆さん、もうすぐ会えますね。
はい、名古屋、東京、京都公演は売り切れました。福岡は22日に一般発売開始。

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