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滞仏日記「どんどん進んでいく高校生ブランドを見守る父ちゃん」 Posted on 2020/02/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は息子から家を一日貸してほしいと頼まれてしまった。なんで、と訊いたら、高校生ブランドの企画会議をやるのだという。軽い気持ちで「いいよ。家に上がる時には靴を脱いでスリッパ履いてもらってね」とだけ言っておいた。フランスの家は基本靴を脱がない。不衛生なので、うちは必ず脱いでもらうことにしている。昼過ぎ、続々と若者たちがやって来て、大変なことになった。心配なので、水とか持っていくふりをして部屋を覗くと、若者たちが車座になって息子を囲み議論している。女の子もいる。司会進行は息子君だ。普段はとってもシャイで大人しい子なのだけど、力強く一人で喋り続けている。ちょっとこっそり話しを聞いてみた。
「この会社はTシャツ代が4ユーロで、プリントまで頼むと8ユーロになる。Tシャツの質も悪くない。プリントは前も後ろもやった場合はTシャツを含め10ユーロになる。ここのいいところは配送代も持ってくれるということ、一枚から受け付けてくれるので、ぼくらが在庫を抱えないで済む。この会社を使うと15ユーロでTシャツを販売したとして、5ユーロの利益が出る。ぼくらが調べたシステムの中では一番利益率がいいし、こちらの手間がかからない、在庫を抱えないでいいというメリットがある」
昨日は仕入れ値27ユーロのトレーナーを使い、プレオーダーでやると話していたけれど、僅か一日で原価もぐんと下がって、実現可能なレベルに近づいてきている。
「それで、イヴァンとマリアが調べてくれたのだけど、プリントを自分たちでやればもっと原価を抑えることが出来そうだ。ただ、そうなると配送代はかかるので、Tシャツを買ってプリントを自分たちでやって、自分たちで在庫を抱え、配送をしなきゃならない。手間暇かければ利益が出るということだ。この方法だとTシャツ一枚販売して、7ユーロの利益だ。どう思う?」
仲間たちが意見を言い出し、それを息子がまとめていった。



「パパ?」
扉の陰に隠れていたつもりが、つい、聞き入ってしまい身体が半分出ていた。不意に息子に呼ばれたので、我に返った。
「何してるの? そこで」
「え? あ、いや、コップを下げようかな、と思ってさ、(汗)」
「あ、まだ使うから、あとで、ぼくが下げるよ」
息子の仲間たちがぼくを一瞥した。顔見知りのイヴァンとアントワンヌが立ち上がり、握手をしにきた。いい子たちだ。
「それより、この後、あと何人か来るんだけど、増えるから、サロンとか使ってもいいかな」
「いいけど、遅くまではダメだ」
「22時には解散にする。ピザをとっていい? 長丁場だからみんなお腹すいている。大丈夫、何も作らないでいいから。これはぼくらのブランドの最初のミーティングだから、自分たちで払うし」
ということで夜になるとさらに人が増えて、子供部屋では入りきれなくなり、サロンを陣取ってミーティングが続いた。ぼくも参加したかったけれど、大人なので、邪魔しちゃいけないと思い、食堂で本を読むふりをして耳を澄ませた。デザイン、販売方法、顧客サービス、販売のシステム、ポスターデザイン、ロゴマークの改良、宣伝などについて話していた。日々、少しずつ形になっていく。高校生の遊びであることには間違いないけれど、もしかすると彼らにとってはとってもいい勉強になっているかもしれない。何より、楽しそうだ。いいなぁ、と思った。ぼくはもうこういう時代に戻ることが出来ない。この子たちはここで掴んだ経験を踏み台にして、彼らなりの明るい未来を築いていくのであろう。本来、働くということはこういうことだったのかもしれない。思えばぼくは会社員になったことがないし、起業したこともない。夢があるということは素晴らしいことだ。羨ましくて仕方なかった。 

滞仏日記「どんどん進んでいく高校生ブランドを見守る父ちゃん」

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