JINSEI STORIES

退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」 Posted on 2023/11/14   

某月某日、黄昏時のパリはまことに美しい。
父ちゃんはよく傍観者になって、人々を眺めている。
この季節のパリは本当にロマンティックなのだ。どこからともなく、ヴァイオリンの調べが聞こえてきそうだ。
そして、ふらふらしていると、奇跡のような瞬間に良く遭遇する。
撮ろうと思ってカメラを向けているわけではないのだけれど、向こうから、美しい瞬間が飛び込んでくるのだから、さすがはパリである。
赤い風船のようなものを持った女性が、とても絵になっていた。
周囲を見回したが、カメラマンがいるわけでもなかった。
でも、このポーズ、ぼくに撮影してよ、といわんばかりではないか。
もちろん、激写。
ま、なんて美しいことでしょう。
思わず、微笑みがおきてしまう。

退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」

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退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」



退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」

結婚をした若いカップルが車から降りてきた。
風が吹いて、木の葉が舞い、それがセーヌの流れに、まるで映画の小道具のような役割を果たすものだから、思わずため息が漏れちゃうのである。
お互いの写真を取り合う若い友人たちなど、どこを見ても、まるで映画、まるで絵画。
ぼくは橋の欄干に手を突いて、セーヌ川の優雅な流れを見守る。
もうすぐ、冬が来て、2023年も終わるというわけだ。
カフェに入って、ぼくはスケッチブックを取り出し、行き交う人々をスケッチする。
落書きが好きなので、時々、カフェの隅っこに陣取り、観光客などを描くのだが、これがとっても楽しい。
遠い国からやって来た外国人観光客の楽しそうな姿を画用紙に描いていく。
写真でも十分なのだけれど、絵にすると、見逃しているような世界をそこに封じ込め焼き付けることが出来る。そことは、たぶん、記憶のことだ。
流れていく毎日ではあるが、自分の心に焼き付けるのは、写真よりも絵の方がいいかな。
そういうスクラップブックに、いろいろと絵や言葉や枯れ葉などを挟んでいく。
一日一日の感動を、噛みしめて、今日を締めくくるのが、いいねぇ。
さ、ワインでも飲んで、太陽を明日へと送り出そうじゃないか。
また、あした。

退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」

退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」



退屈写真日記「黄昏れのパリを歩きながら、あなたが幸せであることを願いながら」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ぼくは、いつもギターを抱えて、心が騒ぐ時は、落ち着かせるために、優しく弾くんですよね。音の振動が、その時の自分の気持ちを代弁してくれます。歌も、プロとして歌うこともありますが、何でもない時に、自分のために歌う時の歌って、力が抜けていて、ピッチはあやふやですけれどね、それもなかなか素敵なものなのですよ。今度のライブはそういう側面もお見せできたらいいかなぁ。
さて、みなさん、良い午後をお過ごしください。
おっと、もし、時間があって、少し寂しい、今、であるならば、父ちゃんの、歌でも聞いてみてくださいな。映像は観なくてもよくて、片付けなんかしながら、音だけ、ちょっとかけていたら、いいんですよ。そうそう、それでいいんです。
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福岡でのライブです。

https://youtu.be/YIi9N-6kt5g?si=l3SPg4Wt-jpOqToS

自分流×帝京大学



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