JINSEI STORIES

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」 Posted on 2023/11/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ひじょうに短い日本滞在であった。さらば。
父ちゃんはいま、高度一万メートル上空でこの日記を書いておるのじゃ。
便利な時代になり、高度一万メートル上空であろうと、衛星回線を使ってネットが通じる時代なのであーる。
その結果、日記の更新も出来るし、ラインなどでメッセージを送受信することも出来るし、ニュースを読むことも出来る。
パリ、到着直後に待ち受ける、打ち合わせなどのやりとりも、現地スタッフさんと行った。
19時くらいから、夕食会も控えている。
今回の日本滞在は、マジで、ギャラリーTの完成見届けとその試運転にこそあった。
父ちゃんに課せられたその役割がほぼ終わったので、あとはヤブキに任せ、帰仏することにした。
三四郎が首を長くして待っておることであろう。
それにしても、今回はパッキングにかなり手こずった。
何せ、年末年始を控え、おせちの具材とか、忘年会おでんセットなど、食材を大量買いしたからであーる。(写真はパリに戻ってからね!)
年末年始、実家に戻って来る息子に美味しいおせちを作ってやりたい母心一心で、野本とか悪友たちとの忘年会用にも、いろいろと買い漁った、父ちゃんなのであった。
トランクの荷物が32キロ以上持ち込めないので、なくなく、減らしたものもあった。
缶チューハイとか、缶ビールは、残念ながら、重量オーバーのため、宿で飲み干してしまった。「のど越し」というビール、最高でした~。
こんな短い滞在なのに、明治屋、ナショナル麻布マーケット、成城石井など、くまなく網羅した、食い意地オヤジなのであーる。珍しいものばかりゲット~。
やっぱ、和食を作るなら、日本食材には敵わない。
今回ゲットした内容物に関しては、明日の日記に譲るが、調味料系が今回は大充実だったことをご報告させて頂くゥ~、おお、腕が鳴る鳴る法隆寺じゃ!

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」



わ、飛行機が揺れだした。
凄い、ぐらぐら揺れている。「シートベルトをするように」とアナウンスが、なのに、CAさんが食事の準備をして、まるでサーファーのように揺れる機内、通路の中ほどで、バランスをとっている。
助けに行きたいが、行けない乗客の父ちゃんがつらい。
しかし、職業柄、もの凄いバランス感覚で乗り切った。激しい揺れの中、配膳を終え、戻っていかれたCAさん。見事じゃ。
高度一万メートル上空は手ごわいのである。
「機長の指示により、申し訳ありませんが、揺れがおさまるまで、サービスを一時、中断いたします。皆様のご理解をよろしくお願いいたします」
というアナウンスがながれた。今日の空模様は荒れ気味である。
フランスまではアラスカ経由で帰るので、13時間半の飛行時間、しかも、今回は結構、荒れているようだ。無事にパリに着くことを願いたい。

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」



父ちゃんはいつも機内で何をしているのか、と訊かれるならば、実は、何もしていない、が正解。
本は基本読まないし、映画も観ない。音楽も聞かない。
ただ、ぼんやりしているのである。
時々、こうやって日記を書いたりしている。あと、溜まっていたメールに返信をしたりしている。
とくに、今、もっとも追われているのは、画廊開催期間に間に合うように出版される初画集の編集なのだ。(印刷・製本、株式会社八紘美術)
集大成というのは、伊勢丹で発表する近年の作品を網羅しているからだ。
そこに、1996年に描いた「KIHADA」という作品を無理やり、押し込むことになった。
この絵はぼくの絵筆を語る上で重要な作品になり、どうしても画集に、加えたかった。
引っ越しなどで紛失したり、人にあげた作品があるなか、30号の絵として、綺麗に現存しているこの作品は、父ちゃんの絵を描く人間の足跡をたどる大事な作品だからである。(それ以前だと、20歳頃に描かれた仏像の油絵が数枚残っている)
伊勢丹のN女史も、いい作品ですね、とおっしゃってくれた。
その絵を画集にどうしてもいれたかったので、ページがずれ、その調整に追われている、という次第。
新妻氏とは、揺れる高度一万メートル上空で、やりとりをしている。高度があるせいか、話がなかなか通じない。
フランス語、英語、日本語で、解説が入っている。なぜ、これらの作品が描かれたのか、・・・小説風の文章が、ちょっと意味不明なアブストラクト感めいっぱいで掲載されている。
こういうものは、誰かに理解してもらいたいから出すというものではない。
自分の生存理由を明確にするために、出すのだ。

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」



パリに戻ったら、次の個展のための作品作りに集中をするため、三四郎をドッグトレーナーのジュリアの家に迎えに行った足で、ノルマンディを目指す、常に慌ただしい男なのであった。
しかし、今回の一番の収穫は、三田文学の編集部から100枚程度の中編の執筆を依頼されたことであろう。その結果、ぼくは絵を描きながら、ノルマンディで、新しい小説に向かうことになりそうだ。
絵なのか、小説なのか、音楽なのか、料理なのか、そういう野暮なことは、高度一万メートル上空では通じない。
人間にはあらゆる可能性と広大な本能があるのだ、ということをぼくは宇宙荒野で、考えているのであーる。
限りある人生で、限りない空想を!

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
人生は一度です。来世などというものに逃げてはいけません。まずは、今生を生き切ることが大事だと、かよわき父ちゃんは思うのです。辛いこともありますが、皆さん、こうやって、同じ時代に生きている者同士、励まし合ってまいりましょう。三四郎もおります。地球は人間だけのものじゃないことを、感じますね。

滞宇宙日記「さよならニッポン、また会う日まで。アラスカ上空から失礼します」



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