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滞仏日記「全仏、休校に続いてついに飲食店、クラブ、商店などが閉鎖に」 Posted on 2020/03/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、学校が全仏で休校になったので、来週頭にはきっとレストランや商店がイタリアのように閉まるはずだから買い出しに行っとかなきゃ、ということを昼に配信した日記で書いてからまだ半日も経っていないのに、フランスの首相、エドワード・フィリップさんが、今夜12時より全仏のレストラン、カフェ、ディスコティックなど公共の場所(薬局と食料品店を除く)をしばらく閉鎖すると宣言して(っていうか、4時間まえだよ)、とりあえず、今、パリは小さなパニックの真っ最中。なんだかわからないけど、野次馬根性丸出しで、スーパーまで様子を見に行った。途中、上の階に住んでいる会社帰りのジェロームとすれ違ったので、
「大変だよ、今夜、全てのレストラン、カフェが閉まるよ」
と説明した。
「とりあえず、ぼくは食パンでも買いに行くけど、なんか買っておくか?」
「マジですか、そりゃ、やばい」
普段、おとなしい隣人が書類の詰まったカバンを抱えて走り出した。幼い娘さんが二人いる家庭なので、必要なものもあるだろう。

滞仏日記「全仏、休校に続いてついに飲食店、クラブ、商店などが閉鎖に」



滞仏日記「全仏、休校に続いてついに飲食店、クラブ、商店などが閉鎖に」

うちの近くのスーパーは大勢の人が押しかけ、生鮮食料品が消え去っていた。昼の日記で書いた通り、すでにパスタは消えていたが、もはやそれどころじゃない。ハム、肉、野菜、生鮮食料品が何もかも消えている。普段シニカルなフランス人だけど、結局は同じ人間だということがわかって、ぼくはなぜだかホッとした。実は、昨日からこのことを予感していたこともあり、ある程度ぼくは備えていた。ぼくら日本人にはやはり和食材の方が大事だ。夕方、ぼくはオペラまで車で行き、お米を10キロ買った。とりあえず、米さえあれば、なんとかなる。ぼくのためではない、米好きな息子のために。ついでに日本のビールも買い込んでおいた。これは、ぼくのために。家に帰ると息子に、
「パパ、スーパーが閉まるわけじゃないし、ビールは普通になくならないんだから、それって、トイレットペーパーを買い占めるのと何が違うの? 」
と叱られてしまった。
「いや、パパにとってはビールがないことの方が、食べることもよりも大事なんだよね」
と醜い言い訳をしている自分が恥ずかしくてならない。

ともかく、一時間前に全仏に向けて放映されたエドワード・フィリップのアナウンス映像を息子と二人で観ることになる。

フランス政府のアナウンスの要点は以下の通り。

今夜0時よりレストラン、カフェ、映画館、ディスコテックなど、生活に必須でない店は全て閉鎖することになった。(アナウンスがあってから4時間後に完全に閉めないとならない。カフェの店員らは、テレビの中でマイクを向けられ、4時間後に俺たちは失業だけど、仕方ないね、と笑っていた)
営業をするのは食料品店、薬局、タバコ屋、銀行、ガソリンスタンドなど。(この決定は戦後初めてのことになる)
そして、これまでフランスはステージ2(国内が部分的感染)だったが、ついに全国に感染が拡大したという、ステージ3になってしまった。
感染者については、4500人の感染者(72時間で2倍)、91人死亡(うち71人が75歳以上)さらに、300人が重症である。
ただし、明日の市長選の第一回投票は決行する、とのこと。(うーむ…)
感染の拡大にブレーキをかけるため、今回の措置は仕方がない、とエドワードは国民に向けて語っていた。(ここまでの通訳と翻訳は息子くんです…)

ここで、面白い発言があったので、追記しておく。
保健総局の代表ジェローム・サロモン氏は
「一メートル以内、他人に近づいてはいけない、と何度も繰り返し言ってきましたが、皆さんは政府の指示を守れないようなので、この決定に至りました。いいですか、フランスにウイルスが蔓延しているのではなく、人間がウイルスを蔓延させているのです」
と語ったのだとか。言うね。こんなこと日本で言ったら、どうなるだろう。ただ、フランス人は自分たちのことをよく知っているので(結構、いい加減なところとか…)、なので、全員、この決断には仕方ないね、俺ら言うこと聞かないしね、という感想が大方らしい。
ジェローム。サロモンが続けた。
「あとですね、買い占めに走る必要はないから、皆さん、手を洗ってください。隣の人との距離を一メートル以上開けること。これの方が皆さんにとっては大事です。商店から食料品がなくなることはありません。買い占めはしないように」
ああ、ビールをひと箱買ったぼくがバカだった。ごめん、ジェローム…。

滞仏日記「全仏、休校に続いてついに飲食店、クラブ、商店などが閉鎖に」



滞仏日記「全仏、休校に続いてついに飲食店、クラブ、商店などが閉鎖に」

しかし、政府内で、これほどの危機感が一気に広がったというのは、同時に、新型コロナの威力の強さを物語っている。(何度も言うが、今のWHOは史上最悪。中国があれだけの感染者を出してる時に忖度か何か知らんが中国を褒めちぎり、今頃、パンデミックの中心は欧州だって? もっと早くパンデミックの宣言をしていたら、世界中が警戒し、欧州やアジアでこんなに多くの人が命を失わないですんだかもしれない。テドロスさんがWHOを率いていることは人類の不幸の一つだとぼくは思っています。でも、もう遅い)フランスは、2千人だった感染者の数が僅か72時間で4500人になった。日本と同じように強制的にPCR検査を義務付けているわけじゃない。なので、この勢いは普通じゃない。ともかく、ぼくらは不要不急じゃなければ外出を控えなければならなくなった。奇しくも今日の午後、友人のフランス人医師から、
「ツジ、しばらく、外出をするな。フランスで何かが起きている」
とメッセージを受け取ったところであった。恐ろしいけれど、ぼくは息子と二人、仲良く、家に閉じこもることになる。こういう時は、家の中で明るいジョークを飛ばし、暗い雰囲気を蹴飛ばしてやりたい。イタリア映画「ライフイズビューティフル」のように。

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