JINSEI STORIES

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」 Posted on 2024/01/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは熱血男だが、上手に休むことが大事だと思って生きている。
上手に休む時に、こそ、人間は知恵を得る。
今日、ぼくは三四郎を連れて、太陽を追いかけ海辺を歩きながら、森の小道を歩きながら、まとわりつく人間の邪気を払い落すことに専念した。
そして、けっして浮かれまい、と傾斜する太陽を眺めながら、自分に言い聞かせた。
ぼくの横を歩く三四郎は静かにぼくに寄り添っていた。
心が落ち着かない時、迷いがある時、判断がつかない時、調子が出ない時、人間にくたびれた時、ぼくはひたすら歩くようにしている。
ここ最近は三四郎がそのお伴を担ってくれている。
何も考えず、ひたすら歩くのだ。
歩きながら、半生を振り返る。
ぼくはこのように図々しいし、激しく、向こう見ずだから、よく嫌われる。
嫌われることには慣れているが、間違えていないと思うのなら、そんな自分を維持するために、ぼくは年に何度か、ひたすらと歩くことを心がけている。
人間は好きだが、恐ろしい生き物なので、苦しめられる。
そういう時にこそ、歩くのがいい。歩けば邪気が落ちる。
人間関係というのはややこしいので、裏切られ、人間不信になることもしばしばある。
そういう時にも無心で歩くのがよい。心を無にする時間は必要だ。
人間に疲れたら、人のいない世界を歩けばいいのだ。
そういう時の三四郎は頼もしい。
彼は無垢だから、それがいいのだ。

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」



この世界はやっかみで成り立っているので、まともに向き合うと怪我をする。
表向き笑顔で近づいてくる優しそうな人の本性に驚かされることもある。
自分のことを棚に上げて攻撃する人はまだいいが、後ろに潜む無数の人影が不気味だ。
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ」というが、これは、馬のよしあしは乗ってみなければわからないし、その人間がどういう人柄かどうかはお付き合いしないとわからないよね、という意味なのだが、経験し過ぎて疲れたら、離れた方がいい。
ぼくはこの年になって、離れることを選んだ。
まったく、一人になるわけではないけれど、都会に行けば人間が多すぎて、人間の数だけ、欲望や嫉妬や差別があるので、人間にへきえきとすることがある。
そういう時は、野や海や山や丘を歩いてみるのがいいのだ。
ぼくは今日、沈む夕日めがけて、三四郎をお伴にもくもくと歩いたのだった。
人間関係の中でまとわりつく、ありとあらゆる邪気が、自然の空気の中で薄まっていくのを覚えることができた。
英気を養う、というが、まさに、これだ。
歩く間、無心を心がけるが、どうしても反省や後悔などがわいてくる。そういう内側からの負のエネルギーも大自然の力が静かに溶かしてくれるものである。
ここ数十年を振り返ると、今の世界の状態は健康とは言えない気がする。
それでも人間は生きていかないとならないので、心を整える時間が必要になる。
再び都会に戻り、人間の渦の中で回遊をしないとならない父ちゃんだからこそ、年に数度は、速度を落とし、肺の中の空気を入れ替え、心の汚れを洗い流す時間が必要なのだ、と思うのである。誰もが必要なことであろう。
世界が厳しいからこそ、ここまで美しい夕陽がある、と思えばいい。
自然は人間に教えてくれているのだから、耳を澄ませる必要がある。

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」



その通り、自然は教えてくれている。
身体を洗うように、心も時々洗ってやらないとならない。
疲れている時にこそ、自然が癒してくれるのである。
人間が抱えている不安や恐怖や絶望は計り知れないほどに大きい。
解決できない問題があまりに大きなこの世界だからこそ、自分を取り戻す時間が必要なのだった。
ぼくは三四郎を抱きかかえて、彼にも夕陽を見せてやった。
生き物を抱きしめると、その体温に癒される。
生きているから、ぬくもりがある。
三四郎に頬を舐められた。目元が少し湿った。
サヨナライツカ
それは、いつかさようなら、ではない。
人間の孤独を言う。

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
午前中はずっと絵を描いて過ごし、午後はずっと歩いて、太陽を追いかけていました。今、さっき、夕飯が終わり、三四郎に餌を与え、これを書いています。仕事が溜まっていますが、明日、必ず、連絡をしますので、仕事関係の皆さん、ごめんなさい。でも、ぼくは元気になりました。

滞仏日記「人間は上手に休むこと。自分の心を洗い、汚れを脱ぎ捨てる時間が必要」

さて、今年の父ちゃんのスケジュールのお知らせです。
●小説「十年後の恋」集英社文庫版が1月19日全国発売。
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●2月28日から、新宿伊勢丹のアートギャラリーで個展(詳しくまたご報告します)
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。(検索ください)
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ!!!
以上です。

自分流×帝京大学