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滞仏日記「なるべく来ないでと言われた画廊に、潜入父ちゃんの、スパイ大作戦」 Posted on 2024/03/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、来るな、と言われても自分の個展なんだからさー、そっと覗きに行きたい、のが人情というものである。
しかし、騒ぎになるといけないから、在廊はしないで、とスタッフに言われている父ちゃん、ううう、でも、でも、見たいじゃん。どんなか見たいじゃん。
朝いちばんにスタッフさんから送られてきた写真によると、たくさんの人で溢れかえっていた。
なので、行くと大変になるだろうから、と様子をみることに。
午後、
「ちょっと減りました」
と連絡があった。
「もうちょっと待ってください」
ううう、行きたい。
実は、たまたま、画集の英語翻訳のシェリフさんと仏語翻訳のシルヴァンさんが今日、同じタイミングで、急遽、名古屋と京都から、画廊に来てくださることになり、
「だから、ちょっと行かないわけにはいかないんだよ。そこで待ち合わせたんだから」
とスタッフさんにお伝えしたところ、こっそりとなら、いいですよ、と許可を貰えたのっであった。やったー。しょうがないなァ、行ってやるか。
画集の翻訳をした二人、やはり、実際の絵を見たい、という。当然である。描いた父ちゃんだって、見たいもん。
とはいえ、正面から堂々と入るわけにはいかない、ということで、巨大デパート伊勢丹さん、さすがである。
地下トンネルのような、秘密の通路が、画廊裏に張り巡らされており、そこをスタッフさんに誘導されて、裏エレベーターにものって、衣服を箱詰めする伊勢丹の従業員さんの横とか通って、スパイ大作戦のような感じで、秘密の小部屋に通された父ちゃんであった。
「先生、のこのこ、出て行かないように。ドアとか開けちゃだめですよ」
と、釘をさされたのだった。
しかし、夕方くらいには、人がひいて、けっこう、ゆっくりと観ることのできる状態になっていた。
時々、ドアの隙間から、中を覗いて、お客さんを数えたりしていたが、夕刻になると、すう~っと人がひいたのと、なぜか、画廊の人もいなくなったので、開放感のあまり、ドアを15センチほど開けて、足を踏み出してみた、父ちゃんであった。
出ちゃった。
すると、ちょうど目の前の大きな絵を見ていたのが、翻訳家のシェリフさんであった。
「シェリフさん」
「あ、辻さん」
「ここは、目立つから、上で天ぷらでも食べましょうか」
と、上の天ぷら屋さんへと脱出したのであーる。
ほとんど、誰にも気づかれなかった。
存在感の薄い、父ちゃんスパイである。あはは。

滞仏日記「なるべく来ないでと言われた画廊に、潜入父ちゃんの、スパイ大作戦」

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※ ちなみに、スパイはこういう恰好をしている!



大きな作品はすべて嫁入り先が決まって、残りの10号以下の小さな絵の抽選も今日で締め切り、全作品に多数の応募があったので、父ちゃんの予想を覆して、つまり、一枚も残らない、というまさかの結果になったのであーるぱちーの。
「作品、素晴らしいですね」
とシェリフさんが天ぷら屋の「天一」のカウンターで、労をねぎらってくださった。
「絵には物語を感じました」
「そうなんですよ。全部で一つの大きな絵巻になっているんです。小説は言葉で物語を構築していきますが、ぼくの絵は、この38枚で、大きな一つの物語を構成しているんです。でも、文字がないので、絵を読み取っていかないとなりません。物語が入ることで、絵の広がりが出る仕組みです」
彼は、ぼくの小説の研究者でもある。
川端康成作品などを翻訳しているが、現在は、ぼくの作品の英訳中。たぶん、作家としてのぼくを今もっとも熱く見てくれている唯一の人であろう。
彼の手帳には、「辻仁成」と書かれてあり、そこには辻小説への様々な研究が書き込まれていたのである。かなり、細かく。しかも何冊も。
覗いたら、まるで週刊誌の記者さんのように、ぼくの作品のことが事細かに分析されており、さらに、彼のリュックの中は、すべて、ぼくの文庫本であった。
「辻さんの世界を必ずアメリカの読者に届けたいです」
全部の絵が売れてしまい、寂しかったが、シェリフさんのリュックの中から、ぼくの小説が次々と出てきて、なとなく、子供たちが戻ってきたような嬉しさがこみあげてきたのである。

滞仏日記「なるべく来ないでと言われた画廊に、潜入父ちゃんの、スパイ大作戦」

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ということで、食事が終わった勢いで、もう一度、画廊を見てみたいと思った父ちゃん、シェリフさんと連れ立って、6階へ。
ふと思いつき、携帯を取り出し、ツジビルの動画生配信を勝手にやりだしたのであった。(オンラインコミュニティをやっていて、その中に動画配信のコーナーがあります)
あはは。
伊勢丹の人も、うちのスタッフも誰も止める人がいない終わりの時間、暴走列車みたいに、自分の絵の解説をはじめた、スパイ大作戦の父ちゃんであった
「ええと、皆さん、聞こえていますか、シェリフさん、これ、今ライブ配信しちゃってるんですよ」
「へー、すごい。ハロー・エブリバディ」
「おお、かっこいい」
とか言っていると、数人しかいないお客さんのうちの一人が、
「あの、辻さん?」
と言うではないか。
「あのわたし、辻村の村人なんです」
「え、まじですか? あの、今、ライブ配信中ですが、映してもいいですか?」
「え、はい、いいですよ。皆さん、こんばんは」
ということで、気楽に撮影に応じてくださった、Kさんと名乗るその女性をアシスタントに仕立て、一緒にそこから、画廊を視察した、かなり、即興的で無計画な度胸ある父ちゃんであった。
シェリフさんは笑顔で見守っていたが、お客さんがほかに、誰もいなかったのである。
なかなか、面白い光景であった。画廊を独り占め~、この時間、穴場かも。
ということで、動画配信も終了し、Kさんともお別れし、画廊の人にお辞儀をして、ぼくたちは、伊勢丹を後にしたのである。
あはは。スパイ大作戦、大成功!
がらがらでした。

滞仏日記「なるべく来ないでと言われた画廊に、潜入父ちゃんの、スパイ大作戦」

滞仏日記「なるべく来ないでと言われた画廊に、潜入父ちゃんの、スパイ大作戦」



熱血は、

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、まだ、個展、始まったばかりですが、ここからは、展覧会、ということになりますね。この子たちの受け入れ親御さんが決まったので、この作品を生で見ることのできる、最後のチャンスです。画集も残り少なくなってきました。あと5日、さて、ぼくは、ギタージャンボリー作戦へと向かいます。

●小説「十年後の恋」集英社文庫版、重版!
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月28日、ボルドー・ライブ、予定。(詳細待って)
●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ。(詳細、お待ちー)
●9月後半、コルシカ、アジャクシオ、ライブ。(詳細、待って)

https://www.instagram.com/japan.stories?igsh=MTA2dWFjODdsZnNrZA%3D%3D&utm_source=qr
新しいデザインストーリーズのインスタも再始動! 
https://www.instagram.com/designstories_paris?igsh=cHlpdGFvdWkyYmdj&utm_source=qr
・それから、ぼくのなりすましが、ファイスブックで暗躍していて、問題が起きている、というので、皆さん、フェイスブック、ぼくはやっておりません。なりすましには、近づかないように、友だち申請とかしないでくださいね。要注意です。
お知らせ、以上です。

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