JINSEI STORIES

滞仏日記「ZOOのサビはなぜ、愛をください、なのか」 Posted on 2020/03/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はコロナウイルスの話しじゃない。コロナにちょっと疲れたので、気分を変えたいと思って、ちょっと前にやったライブの映像があったので、息子と二人でカウチに寝転がって観ていたら、パパ、なんで、愛をください、なの、と息子が言い出した。
「え?」
「だからさ、なんでこの曲、サビでいきなり、愛をくださいってなるの? ぼくたちはこの街じゃ夜更かしの好きなフクロウ、とか、本当の気持ち隠しているカメレオン、ってのはよくわかるんだけど、そのあとのサビでいきなり、愛をください」
ああ、その質問、誰にもされたことがなかった。お前、天才だな、と肩を叩いてやった。

そういえばまだ2Gチャンネルに「ZOO」を上げてなかったことを思い出し、息子の力を借りて、アップすることにした。ぼくら父子は外出できず、湯水のように時間があるので、ライブ映像に歌詞を入れようということになった。ぼくが日本語をタイプをして、歌詞を入れていった。息子が横で口ずさんでいる。
「やっぱり、ここで、突然、愛をください、になる理由がわからない。日本語が難しい。これ、パパが何歳の時に作った曲なの?」
「25とか26歳の頃だよ」
「若い。愛がほしかったの? なんで、サビが愛をくださいなのか、教えてよ」
30年も経つというのに、誰からもこの素朴な質問が出なかったのが不思議でならず、思わず、苦笑してしまう。

ということで、ちょっと前の、パリが普通に外出できて、幸福だった時に、オペラのうどん屋さんでやったライブの映像を見てもらいたい。ぼくの横にパーカッショニストがいるが、彼はその日のリハーサルの時に不意にやって来た。あのカルロス・サンタナともプレイしたことがあり、驚くべきことにアメリカのグラミー賞を受賞したこともある人物で、共通の知り合いから、「辻に興味持ってるパーカッショニストがいて、セッションしたいと言ってるんだけど、一度観に行かせていいか」と連絡があり「いいよ」と返事をしたら、いきなり楽器を持ってやって来た。笑。一度観るんじゃないんかい!!!

その日が初対面で、もちろん練習もしたことがない。彼は「ZOO」をその時、生まれて初めて聞いた。結局、彼は一曲目からアンコールまでずっとぼくの横にいて、叩き続けることになる。横にいる? と訊いたら、いるよって、笑。もう何年も一緒に演奏をしている仲間のような顔をして…。彼の名前はジョルジュ・ベゼラ・ジュニア。パリで暮らすブラジル人だ。とりあえず、まずはその時のセッションを観てもらいたい。この画像をクリックすれば、ZOOの映像に飛ぶことが出来る。

もちろん、ジョルジュはこの歌の内容などわからない。ぼくがギターをつま弾き始めると、動かなくなり、耳を澄ませた。心の耳で聞いてるのが伝わってくる。サビが「愛をください」という意味であることも、動物たちを擬人化した曲だということも、30年以上前の曲だとも、何も知らない。どこでサビに行くのかも、間奏のサイズも適当、ドラムソロもやったけど、ああいうのは何にも決まってない。全部、フリーだ。ちなみに、ぼくは当日、その曲のキーさえ変えてしまった。クラリネットの香織さん、よくついてきてくれました。ありがとう。なのに、ジョルジュ、入って来てほしいところで見事にドラムインし、歌詞を知っている人としか思えない強弱をつけて歌をサポートする。ぼく自身、今まで一度も演奏したことのないようなZOOになった。ちょっと南米っぽいのは彼がブラジル人だからで、ロックというか、なんだろう、ま、なんでもいいか、何もかもが新鮮だった。

「パパ、音楽ってすごいね。はじめて会った人となんの打ち合わせもなしで、いきなり仲良く出来るんだから」
「でも、世界がそうであってほしいって思う」
「わかるよ。ぼくも音楽好きだから」
「ジョルジュとパパははじめて会ったけど、最初の音が出た瞬間に、ああ、仲良しだった、って過去形で思えた。仲良しになる、じゃなくて、すでに仲が良かったって初対面の時に思った。音楽だ」
「へー、面白いね」
「本当は愛をあげたいだったんだよ。I will give you all、だった。」
「え? どういうこと?」
「実はね、ZOOのサビ、最初は、愛をあげたいだったんだよ。パパはこの曲が出来た時、愛をあげたいって歌ってた。この曲の歌詞は下北沢の駅で仕事帰りの会社員さんや学生さんを描写しながら創作した。で、メロディはもうその場で出来た。ところが誰かに聞かせないとならない時がきてさ、いろんな人たちの顔を思い出して歌っていたら、不意にサビで、愛をください、が飛び出した。なんでかわかる?」
「・・・・」
「愛をくださいって歌う方が嘘がなかった。愛をあげたいって歌うより、涙が出そうになった。理屈は今も分からないけど、愛をあげたいじゃない、と思った。そんな偽善、自分らしくないし、嘘っぽいと思った。愛をくださいってシャウトする時、愛をあげるぞって世界の声が聞こえてくる。歌っているパパの耳に、世界中の人々から…。だから、嘘が言えないんだよ。愛をくださいじゃないとダメなんだって気が付いた。このライブで歌ってるパパだって、愛をあげたいと心では思いながら、でも、出てきた言葉は、愛をください、なんだよ。面白いだろ。もしも、お前がいつかZOOを歌いたいと思う日が来たら、心の中では愛をあげたいと思いながら、愛をくださいって歌ってほしいな」

でも、理屈はどうであれ、また、たくさん歌える時代が戻ってくることを願っている。ジョルジュとも、また一緒に演奏したい、こんな時代だけど、と言い残して別れた。きっと、次はもっとホットなライブになるだろうな。音楽を聴こう、辛い時こそ。

滞仏日記「ZOOのサビはなぜ、愛をください、なのか」



自分流×帝京大学