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退屈日記「今のシャンゼリゼ大通りはこうなった。まるで文明の終焉」 Posted on 2020/04/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子の大親友、アレクサンドル君のお母さん、リサから数葉の写真が届いた。それはパリ観光の中心地のひとつ、シャンゼリゼ大通りの今現在の姿である。高級ブランドショップもカフェもレストランも全て閉鎖され、人っ子一人歩いていない。まるで核戦争後の世界のようだ。リサとご主人のロベルトは外出制限(コンフィヌマン)発動後はじめて昨日、二人で家を出て、すぐ近くのシャンゼリゼ大通りを歩いたのだという。彼らはシャンゼリゼ通りに平行して走る裏通りに住んでおり、門を出たら大通りまで歩いて20秒という距離。シャンゼリゼでおきたテロの時には大勢の市民、観光客が彼女の家のドアベルを鳴らし、彼らの家が仮の避難所になったほど。(このことはかつてここでも書いたので過去記事に譲る)

退屈日記「今のシャンゼリゼ大通りはこうなった。まるで文明の終焉」

退屈日記「今のシャンゼリゼ大通りはこうなった。まるで文明の終焉」



「ヒトナリ、私たちは二週間ぶりに家から外に恐る恐る出てみたの。そしたら私たちがよく知っていたあのシャンゼリゼ大通りではなかった、まるで文明の終焉を想像させるような光景が広がっていたのよ」
というメッセージが添えられていた。中国人観光客を中心に、世界中の人々で賑わったシャンゼンリゼのぼくの最後の記憶は12月のクリスマスの時のものだった。街路樹には赤い照明飾りが施され、通りは縦列する車のヘッドライトで光りの大河のようであった。

ご主人のロベルトはミラノに本社を持つ銀行に所属する国際投資部門の責任者で、ふだんは単身赴任でミラノ在住、たまたま2月の中旬にパリに仕事で戻って来ていた。その直後3月8日に人口1000万人規模のロンバルディア州(ミラノを含む)は封鎖され、本社から戻って来るな、という指示が出て、急遽パリ支社勤務となった。さらに11日より全土が封鎖、その6日後にはフランスもロックダウン、すでにロベルトは7週間ほどパリの自宅待機が続いている。その間、ミラノから来たロベルトは病院で検査を受け陰性という結果を受けた。アレクサンドル、リサ、ロベルトはこういうタイミングで現在は奇跡的に一家三人で自宅で家族水入らずの生活を送っているけれど、あの時、パリ出張していなければ家族は分断されていたのである。息子曰く、アレクサンドルはまだ一度も家から出ていない、らしい。彼らは心底この世界の状況を恐れているようだ。神経質なぼくよりもさらに神経質な人たちがいた。実は、ぼくの周囲の家族で外出禁止令が出てから一歩も外に出ていないという家族が数組いる。食料はネットで注文をし、まるで核戦争後のシェルターでの暮らしのよう…。

一方で、若い人たちが多く暮らす地区では、22度で快晴ということも手伝って、昨日の報道によると外出制限が行われているとは思えないほどの人出であった。これは感染ピークを越えたと報じられたイタリアのナポリとかでも同じで、長引く外出禁止令に嫌気がさした人たちの法律違反が続いている。政府は当然危機感を募らせているので、罰金や刑罰はさらに跳ね上がる可能性がある。

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1971年にフランスの歌手ダイニエル・ヴィダルが大ヒットさせた「オーシャンゼリゼ」のメロディが空しく頭の中で響き渡る。フランスの象徴で、世界中の人々の憧れの大通りだったシャンゼリゼ、今はマスクをしたリサとロベルトの二人きりの世界となった。この想像を絶する映像がまさに新型コロナの威力と恐ろしさを物語っている。

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