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退屈日記「リモート出演の裏側、テレビにもニューノーマルの波」 Posted on 2020/05/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、知り合いのテレビ制作会社のプロデューサーさんから不意に連絡があり、世界各地をウクレレと歌で繋いで番組を作っているのでパリの自宅から出演して貰えないか、という依頼を受けた。ぼくが息子とたまにウクレレをやっていることを日記で書いたからかもしれない。なんでも世界中のウクレレ奏者がリレーしながら音楽で繋がり、コロナ禍の世界の今を届けるという壮大な(?)音楽ドキュメンタリー番組であった。こういう時期だし、面白いな、と思った。自宅で参加できるなら、悪くないのだけど、あとは息子次第。実は20年以上前にハワイで買ったウクレレを息子が弾き始めていた。とは言っても超素人、息子の演奏でいいのか、という問題があった。プロデューサーさん曰く、ウクレレなので、素人がいいんです、というあっさりした意見。いつですか、というと放送は6月頭なのだという。あまりに急過ぎると思ったけど、息子に投げてみたら、珍しく「いいよ」と意外な返事、こちらもあっけなく決まってしまった。そういう時代なのである。



コロナ禍になり、パリがロックダウンされてからテレビに出る機会が増えた。最初は電話出演だけにしてもらっていたのだけど、番組によってはスカイプ出演を希望されるところも増え、家のサロンの一角をリモート出演対応スペースに改造した。一人掛けのソファを部屋の角に置いて、パソコンを前に置き、本番の一時間くらい前に回線チェック、スカイプだけだと映像と音がずれるので、ここが凄い技だけど、スカイプの音を消し、携帯でやり取りをすると音がずれないのである。ミスターサンデーはその方法で出演をしたら、宮根さんが、全然、音ずれないですね、と驚かれていた。宮根さんが大阪のスタジオ、三田アナウンサーが東京のスタジオ、ご意見番の木村太郎さんがご自宅、ぼくがパリの自宅というまさに今時のリモート生放送となった。

退屈日記「リモート出演の裏側、テレビにもニューノーマルの波」



実はフランスのテレビもロックダウン後、出演者、とくにお医者さんたちは忙しいし、自宅や病院からスカイプ出演がほとんどとなった。スタジオの人たちもソーシャルディスタンスをしっかりと取るものだから、横一列で画面に収まらず、一人一人をカメラがおさえ、それを画面上で分割し、かなり苦心の見える構成で放送をし続けている。スタジオに行かないでも番組が出来てしまうし、なぜか緊急性が凄く出るので、臨場感もあり、視聴者には受けがいいようだ。この方法に慣れてしまうとこれまでのテレビじゃないテレビが生まれる予感もするし、ここにもニューノーマルの波が押し寄せているということであろう。

退屈日記「リモート出演の裏側、テレビにもニューノーマルの波」

さて、ウクレレ番組の収録をやった。動画の撮影方法はYouTubeと同じ方法でやった。カメラは一台しかないので、息子の顔を出さないようアングルを探し、2,3度練習をした後に、せーの、で本番となった。コロナ禍のこのような時代に、音楽の意味はやはり大きい。ウクレレの優しさがパリの自宅のサロンに響き渡った。親子でこうやって演奏した記録が残ることを、ぼくはこっそりと喜んでいた。彼はきっとスタジオまで来いとなったら引き受けてくれなかっただろう。このような気楽な方法で出演できるというので参加してくれたに違いない。ぼくと息子は44歳差なので、ぼくがこの世から去った後、息子がこの映像を懐かしがってくれるといいな、と思いながら歌った。それにしても凄い時代になったものだ。世界各地をこうやって繋いで、ウクレレの演奏会をやるというのだから。コロナ禍によってテレビ局の稼働が難しくなったからこそ、生まれた企画であろう。息子はことのほか楽しそうであった。僕はそれが一番嬉しかった。 

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