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滞仏日記「人が思う自分でいなきゃと思うことくらい生きにくくさせることはない」 Posted on 2020/06/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、自分のこと、自分はどこまで、理解出来ているのだろう、とよく思う。たしかにぼくはずいぶんと変わっている。それはよくわかってる。でも、どんな風に変ってるのか、誰も分かってない。「パパは本当に変ってる」と息子に言われるけど、どう変わってるのか、毎日一緒にいる息子でさえ掴みかねているようだ。昔、好きだった子に「辻君、本当に変ってる、あなたみたいな人に会ったことない」と言われたことがある。犬猿の仲みたいに言われているとある作家に30歳の時だったと思うけど「君は頭がいいのかバカなのか全く分からない」と言われたこともあった。「辻さん、辻さんなら何やっても大丈夫、無敵です」と15年くらい前に、女子大生に言われたことがあった。ぼくはきっとぼくを生きていることを楽しんでいると思うから、無敵なんだと思う。



人が思う自分でいたいと思うことくらい生きにくくさせることはない。でも、たったこの一行で言えちゃうことなのに、これがなかなか難しい。自分がどう見られているのかが人間は気になる。ほぼすべての人が、ぼくも含めて、どう見られているのか気にして生きている。でも、人って人のこととやかく言うくせに、実はちゃんと見てない。本当は気にするだけ損なのである。なのでもっと自由に生きちゃえばいいのにって、思うよ。友だちのゲイの女の子が、LGBTの戦士みたいで、ある日、言い合いしたことがあった。「だいたい、自分をLGBTの囲いの中に置いて、吠えていても、君自身どうなのっちゅう話しでしょ」と。言い過ぎたかな、と思ったけど、そこでその子黙ってしまった。むっとしたみたい。「いやでも、辻ちゃんの言いたいことわかるけど、差別受けてる少数の人間としては力会わせて権利勝ち取るしかないんよ」と反論してきたので、「それは戦ってるの? 自分をカテゴリーに入れてるだけじゃないの? LGBTだけじゃないじゃん、もっと少数の人たちはそのグループに入れてもらえないのかよ?」と言った。ま、堂々巡りの意見になって、平行線だったけど、要はぼくが言いたかったのはLGBTなんて知らないよ、お前は誰だ、と言いたかったのだ。ぼくは君の声と向き合いたいんだよって。もっと言えば、ぼくは最初からそこなんか気にしてない。君が好きだから、それ以外に何が必要なのか、ってことだった。

ぼくはいろんな人間がいることを知ってる。理屈の中で生きている人も、そうじゃない人も、囲いの中で生きる人も、そうじゃない人も、時間に縛られて生きる人も、そうじゃない人も、そうである人も、そうじゃないように見えて実はそうだっていう人も、死にたい人も、生きたい人も、いろいろ。そういうの分析出来ない。だって、人間の数だけ人間があって、普通って何? みんなが声高に「普通の人」って言ってる普通がぼくにはわからない。あの子が叫んだLGBTも。会社行って、主婦になって、家族持って、年金貰えて、孫がいて、最後は老衰死。それが普通だとは思わない。それが普通ですと言い切れる心理がぼくには理解出来ない。誰がそういう倫理を決めたのか、よく考えてみてほしい。この世界の道という道をコンクリートで誰が埋めてしまったのか。それが普通で、深海にすむ深海魚は普通じゃないというその基準はなんなの?



ジェンダーって言葉が苦手。世の中って言葉が嫌いだ。男らしくとか、女らしくとか、くだらない。「毎日家事やって、女子力高いですね、辻さん」とか余計なお世話だ。別にどこにも属さないでも、ぼくは生きていくし、こういうぼくを理解してくれる人もいるから、自分を認めてくれる人の方を向いて無理しないで生きて行く。ぼくを嫌いな人に好かれたいと思う時間も暇も一切ないんだよ。変わり者で結構です。生きにくいならみんな芸術家になればいいじゃん。ゲイジュツカになればなんでもありだよ、ミュージシャンでもいいし、作家でもいい、詩人なんて最高だよ、無敵だ。笑って、ぼくを見て。ほら、こんなおやじでも好きに生きることはできる。世界は一つじゃない。自分が変われば世界は変わる。

滞仏日記「人が思う自分でいなきゃと思うことくらい生きにくくさせることはない」

 
©️Hitonari TSUJI
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