JINSEI STORIES

退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」 Posted on 2020/06/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今朝の日記の続きだが、というのはノルマンディの帰り道、高速道路をパリに向かって走りながら、その車中、なぜか物凄い数のフラッシュバックにあったのだ。ぼくは小説家なのだけど、実はいつもこういう小説を書くぞと思って、例えば設計図などを予め用意し書きはじめるということは一部を除いてほとんどない。これまで100冊ほどの本を出してきたのだけど、その中でも小説はほとんどワードを開いたら、いきなり書きはじめるというスタイル(この日記も同じである。だいたい寝る前にパソコンを開いていきなり日記を書いてから寝る)で書かれている。そのことを編集者とかに言ってもなかなか信じてもらえなくて、だからぼくは小説術のような本をだしたことがない。大学で文学の先生をやったことがあるけど、小説家はなろうと思ってなれるものじゃない、とだけ教えた。思えば酷い先生だった。(あの、信じなくてもいいです)

退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」



最初の一行が降りてくる。そこから筆が(タイピングだけど)走り始めると、イタコみたいに、自動的に作品が生まれてしまう。時間はかかるし、何かにフックしてないと筆が動かないので、フックしなきゃと思いながら、パソコンに向かっている。自分が何かにとりつかれているような感じになり、一気に下書きのような、ぼくはそれをファーストスケッチと呼んでいるけど、が出来上がり、そこから作家的な作業でそれを研磨、推敲し仕上げるのだけど、最初のスケッチに関してはほとんど無意識で書いていることが多い。だいたいが記憶の中の何かに触発されて書き出すのだけど、記憶にないものがほとんどで、あとでそこを訪ねて、同じ場所があったりして、ぎょっと驚くということもある。(信じなくていいです)

退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」



ぼくがなぜパリで暮らすようになったのか、ということもいつも取材で訊かれるので、分からず、適当に答えてきたのだけど、実はこれも、不思議な経験があった。拙著「白仏」(これも霊感の小説だね)を書いたのは芥川賞の選考会の日が祖父の命日で、母に言ったら、ならば33回忌を早めるからすぐに来いと言われて祖父の郷里大川の大野島に戻ると、一族がいて、目の前に白仏があった。数千柱で作られた人骨の仏でそれを作った祖父は完成の日に他界し、(その前日に相棒も死んでいて)二人共その座像に組み込まれてしまっている。一週間後、満月の日に受賞し、ぼくはそこからこの白仏のことを題材にうなされるように書くのだけど、あの日、33回忌の日に、先祖数千人がぼくの頭の中に現れて、書きなさい、と言った。(信じないでもいいですよ)1997年のことだった。

芥川賞というのは受賞直後から連日物凄い取材が入る。朝10時から夜19時くらいまでびっしり。しかし、作家は受賞第一作というのを書く必要がある。取材の後、家に戻り寝る間も惜しんでわずか一か月で書き上げたのが「白仏」だ。文学界で受賞第一作として世に出た。それがその年出版され、文芸春秋社の誰かがセレクトし、フランクフルトのブックフェアで展示され、たまたま来ていたフランスの編集者、マリ・ピエール・ベイさんが見つけ、フランスで出版され、1999年にフェミナ賞を満月の日に受賞した。で、実は受賞はあり得ると踏んだ版元がぼくをパリに呼んでいた。選考会の前の日にぼくはオデオンのホテルに宿泊している。そこはパリ6区のホテル La Perleだ。受賞する日の朝、ぼくはオデオン界隈を散歩したのだけど、ある路地でぼくは涙がとまらなくなった。サンシュルピュス教会の裏側辺りだったと思うが、ぼくの版元がそこにあった。とにかく懐かしいのだ。その路地の風景をはじめて見たはずなのに、よく知っている場所だった。たぶん、ぼくはそこで生まれる前に暮らしていたのだと思った。(ぜんぜん信じないでいいです) その日の夜、ぼくは受賞するのだけど、受賞したことよりもその懐かしさが気になった。あれから20年が過ぎたが、ぼくはそのすぐ近くで息子と二人ひっそりと暮らしている。こういうことに何か意味があるのかどうかわからない。でも、理屈じゃないものの力でそこに呼び寄せられるということあると言っておきたい。大川市大野島とパリ市オデオン地区には何のゆかりもないのに。詳しくは拙著「白仏」に譲るけど、ぼくはここで生まれた息子とともに、二人で生きてしまったし、息子はきっとこの国の人間なので、これからも彼はここに居続けるだろう。思えば苦笑しかおきない。こういう運命を、ノルマンディからパリに戻る国道A13の中でハンドルを握りしめながら、記憶を辿っていた。今朝の滞仏日記で書いた、カモメの言葉が頭に蘇る。
「意味を探さないでね」
受け入れるしかない現実というものもあるのだけど、その中で、ぼくは自分を探し続けている。探さないでね、というのは、もしかすると、探しなさい、ということかもしれない。そこに何の意味があるというのだ。少なくともこのわけのわからない出来事を言葉にするのが、小説家のぼくの宿命であろう。

退屈日記「霊感なんて信じないけど、でも、神の見えざる手の中で」

自分流×帝京大学
第4回新世代賞 作品募集中